遺  書




皆へ

ぶっちゃけ俺は手紙というもの自体が好きじゃない。
馬鹿三人は無意味に手紙好きでわけのわからなかったり、クソ長かったり、本文とP.S逆だったりする手紙を送りつけてきて、資源を無駄にしているけれど、俺はほとんど書かなかったものだ。
めんどいし、切手代ないし、何年か後に出てきたら絶対恥ずかしくなる自信あるしな。これだけ書いて思ったけど、絶対途中で口調とかおかしくなるな。誰も見ねえといいけど。


俺ァ、手紙も嫌いだが遺書は更に馬鹿馬鹿しいと思っていた。
どんなに泣き喚いても戻らない死人の生きた痕跡を後から見るなんて、虚しいじゃねーか。

で、こんな俺が何でこんなもんを頭を抱えながら書いてるかっつーと第一の理由はヅラが書けとか言い出したからだ。大体俺は作戦会議に来たわけであって、こんな墨と筆と格闘するためじゃないと言いたい。ちなみにボールペンで書いていいか聞いたら、高杉ですら遺書は筆で書くと何年か前に言っていたぞとか言われて引くに引けなくなった。高杉以下とか虚しすぎる。

まぁ俺は好き勝手に生きる人間だし、本当に気に入らなかったら書きゃしないだろう。実は遺書を書いてみるかというか、遺書はどんな気分で書くものなのか疑問を持つことがあったからだと思う。


手紙には宛先が必要。で、俺が宛てられる場所といったら本当に限られてる。
不意に消えたりしないような安全な世界にいてほしかった奴らと、喪失すら腐れ縁の一部のような気がする馬鹿どもだけ。

新八、神楽、それからお妙。ババアとそのおまけ。多分孫の年齢くらいの俺からの遺書とか地獄まで呪いに来そうだ。
長谷川さんにはぶっちゃけ俺のことを話さずじまい。多分、今からの行為を考えると俺は間違いなく彼の敵にもなっているはずなんだけど、あの人は傷つけたくねえじゃん。奥さんいて、譲れないモンしっかり持ってて、このへんてこな世でも生きてこうとしてるマダオにさ。こうやって書いてると若輩なりに、俺、あの人のこと尊敬に近い感じで見てたのかもな。
ヅラ、馬鹿杉、モジャ毛。当たり前すぎて、少し笑える。少し虚しい。かなりうざい。


なんでこんなもん書こうとしたかの理由だったな。すぐ話それるから手紙は嫌いだ。

家族もいなかった俺が、人生で一度だけ受けとった遺書が俺の中から消えない。
それはまるで日常の手紙と同じように穏やかな遺書。それでも、時折滲む文面から今死ななくてはならない絶望が流れてきた。彼はあらゆるものを捨てさせられた。

彼の名は松陽。俺達の最初で最後の先生。
俺なんかを拾ってくれて、この世界で生きてみようと思わせてくれた人だった。生徒達はどいつもこいつもろくでなしだったにも関わらず、彼は綺麗な人だった。―――彼が生きた年齢に追いついてしまってからわかることだが、呆れるほど、思い出しては憎らしくなるほど最期まで綺麗な人だった。逃げればいいじゃないか、先生をかくまってくれるひとなんて山ほどいるじゃないか、俺も桂も高杉も皆がそう思って誰も言えなかった。皆、その日が刻一刻と近づく中で何度か今日こそ先生に逃げろと言おうと呟いて塾に通ったみたいだ。ガキだった俺達は、世界は自由に変わると思っていた。


先生が幕府の役人と共に曖昧な地平線に消えた日は蝉の声だけが充満する、天まで抜けるような青空の日だった。彼は静かに笑っていて(同じ年になって初めてそれが狂乱にも近かったのだとわかったのだけれど)、大丈夫だよと一人一人の頭を撫でて、いってきますと言った。

その暖かさは本物であったから彼は帰ってくるのだと思ったはずで(ならどうしてあの日の空を憎んだのか)、俺達はその時を生き始めた。俺と高杉とかは普段通り塾に通い、道場で一番剣が強かった桂は江戸の道場に入門したり、な。彼は幸か不幸か松陽先生の最期の土地まで供をした。
必死だった。普段通りにしていないと、先生が二度と帰ってこない気がして。



そして冬のくせに嘲笑うような青空の日、先生は首を切られて死んだ。
いってらっしゃいだけを残して、ただいまを置き去りにして。俺もそうやって家族を捨てる。
自分から捨てる時、自分がどんなくだらない言い訳を遺書にぶつけるのか興味が沸いた。

ごめんな、新八。俺ァ、公正不可能な駄目な大人だからこうやって言い訳ばかりして。
許せよ、神楽。嘘ばっか言って、置いていくことになっちまって。
お妙よ、悪かったな。お前ら姉弟にいらねーモンばっか見せて、無責任に消えることになって。その上、お前の大事なものを奪おうと俺はしている。

さっきヅラが本当に良いのか、と聞いてきた。この時代を生きて歪んでしまった部分が一時的に消えうせた、几帳面なだけのきっと墓場の先生が覚えているであろう桂の顔。情けないことに泣きたくなった。彼がこう言った一度目は取り返せない間違いを俺達は選んだ。でも、それしか選べなかったと馬鹿な俺達は言う。

―――今は。
多分選ぶことすら恐ろしくなったのだろう。



ところで、先生は村塾の皆にそれぞれ別の遺書を送っていた。ま、いろんなことが書いてあったよ。

あんなに泣いたのは今のところ人生であの時だけだけど、文章なんかぼやけて一読じゃよく見えないのに、懐かしくてちょっと笑えるような文句が鮮明で。先生のいつもの口調と変わらない文面を読んでいるうちに、今にも襖が開いて先生が立っているような気までした。

それなのに手紙の最後は、自身の死を抉り出すような書き口で現実逃避も出来なかった。自分の死を抉り出し、後世に残す態度を今でこそ酷いと思いつつ尊敬するけれど、あん時は刀を掴む以外のことは何も思いつかなかったし、彼の志も理解できなかった。先生は俺達に自らの敵を取って欲しかったのだと。―――俺は、彼の最期の言葉すら理解できない馬鹿だった。


塾に残っていた皆で真剣を持った。
かつて真剣での俺の所業を目の当たりにして泣き出しそうな顔をした高杉が、そしてしばらく後に会った桂が、ごく自然にそれを腰に差しているのを見て、また泣きたくなった。

俺達はかいつまんで自分に届いた遺書の内容を語り合い、そのまま攘夷戦争へ参加を決めた。
先生は手紙で幕府に対する恨み言を述べず、ここは侍の国だと全員の元へ書き送っていた。どんなにろくでなしだらけでも、武家に生まれた皆は主君を疑えない。口では罵り、直接に彼の首を切った奴らを恨みながらも、それでも敵には出来なかった。

結果、天人へ戦を仕掛け、すがりつく寄り辺とした幕府に売られ、俺達はあらゆる形で死んだ。


なァ桂。なァ高杉。
最期だから言うけど、俺、あん時お前らに嘘ついた。ちょっと語弊あんな――嘘なんか常についているけれど、裏切りに等しい感じかもしれないの言ったんだよ。

俺、本当は侍の国を守り、主君の恩義に報いるとかどうでもよかった。
俺の腐敗した心は――高杉、俺ってお前に言われるより前に堕落してたんだぜ馬鹿らしいよな――俺みたいなガキ生み出す社会の頂点なんて足元からぽっかりと綺麗になくなればいいと思ってたし。先生がいなくなった時から二度と愛せなさそうだと思ったし、とどのつまり彼の敵が討てればそれでよかったんだよ。その敵もわかっていなかったというのに!

なんで一緒に行ったか、いや何故侍として共に戦い、逃げて逃げて最終的に共に地獄まで行こうとしたかって?
絶対、目の前で言いたくないけど、お前ら馬鹿どもは俺の世界の一部だったから。能天気だったのか、単なる馬鹿だったのか、俺と一緒に生きてくれた――ま、友だからだよ。



桂の家の奥座敷からはターミナルがよく見える。足元で足掻く俺達の誰よりも、それは確かな実像を持って立ち塞がっている様で、腸が煮えくり返るなんて感情はもう忘れたと思っていたのに、やっぱり消してみたくなる。

新八。神楽。ターミナルが消えて、いやそれどころか幕府が消えて、今この瞬間の世界の基盤が崩壊しても、お前らなら生きていられるよな。新八とお妙が育ってきた江戸も、神楽が出会った地球のある一つの場所も、武士の矜持も、全て殺してでも俺達は戦火を上げる。

桂、高杉、辰馬。ここまで来ちまったな。俺達には「何故」が一番よく似合う。
何故、白夜叉は必死に友から逃げたのか。何故、桂は裏切り者に最後まで情けを忘れなかったのか。何故、高杉は俺ごときを執拗に追いかけたのか。何故、辰馬は無限に近い宇宙の中で地球に戻ってきてしまうのか。
今、再び平面に戻ろうとする俺達の生きた歪みの軌跡。何故、歪んで歪んで元通りだったのだろう。どうして、失う前に気がつかなかったのか。


長い長い抉り合いの時の中で、すっかり虚像に成り果てた白夜叉が再び剣を持つ。
先生。やっぱり俺は貴方の遺言に満点で応えることは出来なさそうです。今も、そして昔も。
この最終決断を恩に報いるなんて薄っぺらな言葉で飾っちまったら、貴方の大して痛くもない拳が飛んできそうだけれど、貴方が望んだ世界に少しでも近いものが残ることを願って、かつての生徒達が鬼になります。



なんか結構書いたな。俺が一番長かったら地味に恥ずかしい気がする。
俺はこんな人でなしの手紙を書いているわけだが、数刻後にはけろりとした顔で家に帰って、新八の作ったメシ食って、だらだらと過ごすんだろう。知ってたけど最低だな、俺。

―――そうだ。先生に俺の家族を見せてない。

どうせ序盤戦は馬鹿杉辺りが出てくるだろうから、白夜叉の出番が来るまで、あいつらを連れて旅行に行こう。
俺や、高杉や、桂が生きた土地を見物して。俺達が飽きもせずに食ってた饅頭食って。辰馬も混ざって一度だけ一緒に練習した道場で昼寝して。もう廃屋になってるであろう村塾に泊まって。そしてあいつらの手を引いて、先生に会いに行こう。
世界は広い。時は深い。変わっていく銀さんなんか、忘れちまいな。
悪いことなんかじゃねえから。俺もそうやって少しずつ忘れながら生きてるから。そうやって、少しでも楽に生きて、大人になれよ。


最後になったけど、ババア。旅行に行くと決めたため、家賃多分無理だわ。ここで言っとけば盆に徴収されたりはしねえだろう。……多分。
俺なァ、これを万事屋のどっかに隠そうと思うんだよ。誰も知らないと名目上されてた場所に、な。
見つけるとしたらこれに名が挙がった奴らだけだろうけど、気が向いたら万事屋の場所、残しといてくれるとありがたいわ。
最後の日。俺は鍵を持ってく。その鍵が巡り巡って何処に行き着くのか、あんたの老後の暇つぶしにでもしてくれや。
ちっこいアンタが、綺麗な姉ちゃんだったらしいアンタが(俺は信じたわけじゃねえぞ!)、旦那と一緒になったときのアンタが、俺を拾ったアンタが見ていた江戸は幾度となく変わるわけだが、嘲笑うくらいの気持ちで見ててくれ。
キャサリン。俺がいなくなんだから、ババアが無茶しねえよう監督しろよ。
言い逃げって便利だよな。誰も読まないだろうけど、書いてはあるからな。


ま、こんなところで。
馬鹿馬鹿しいくらいに、お前らと過ごした日々が楽しかったよ。


坂田銀時

 


























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よく同じ嘘をつくのが二人。その嘘を別々に解釈してもだえるのが一人。皆嘘ついてるのはわかってるけど、解明しようとはしないのが一人。そんな攘夷4