例えばの話、逃げ道は無数にあったのかもしれないと冗談にまかせて言ってみたら、昔から邪悪な顔で根っから性格が悪いと思わせる声で話すちっこいのは「最初から逃げ道なんてテメェにはなかったんだよ」と笑った。俺は反論する気もなくて、例えば蝦夷地で百姓になって家庭を持ってみたりとか、頭がカラのモジャ毛みたいに宇宙に行って一人きりでトレジャーハンターでもしてみたりとかしていたら、逃げ切れたのではないかと思う。
江戸の歌舞伎町なんて、その逃亡は俺が泣かない程度のオブラートには綺麗に塗りつぶされていたものの、最終的には見つかることを見越しての逃亡にすぎず、もちろんあっさりそれを見切っていた相変わらず暑苦しい髪の男は俺の前に飄々と現れたりして、無数の退路を完全に絶っていった。それが奴らのどんな感情から出てきたのかは、分かるようで全く分からなくもあるのだが、とりあえずこの俺、坂田銀時という名の白夜叉は毎日侵食に悩まされながら怠惰に日々を送りながら安らいでますってことであんま問題はないんだけどさ。
侵食の原因も腹立つほど毎日毎日飽きもせず転がってくるのだけれど、なんで友達になってしまったのだろうと首を傾げずにはいられないあの馬鹿どもの影に追われるのは慣れてしまっていて。俺が一般市民でいたほうが何かと都合がいいし、ヅラと高杉はあれ互いに抑制しあっていて、とっくに離れてしまった存在のように誰だって思うけれど(いや俺は思ったことないし、離れてしまったのも事実だが)根本的なところは二人そろって引っ張り合って何処までも走っていってしまうものだから、節度ある銀さんがまともでいて最悪の事態だけは回避しようなんて愚かしく傲慢にすぎて俺には優しい言い訳に埋もれている。
問題はその原因がもう顔も見飽きて明日死んだら実は思い出せないんじゃなかろうかとビビってしまう友人ではなく、この坂田銀時しか知らない誰かだったら、俺は、俺の中の白夜叉を暴かれる恐怖と怒りとその他もろもろの理由から斬ってしまうかと冷静な衝動に背中を押されて………―――

時々、もう全部斬って攘夷に戻ってしまえばいいのにと思う事がある。多分、何年後かには現実になるだろうなんて他人事のように思いつつ、そのたびにうちの口うるさい子供達の顔が浮かんでなんとか飲み込んでいるものだから、結局、衝動に任せて過去の追跡者を斬ってしまっても俺はやっちゃったかくらいで済ませる気がする。


斬 っ て し ま お う か と い う 、 逡 巡


ああ、一体なんでこんな事になってしまったんだろうと思っても詮なきことが頭を過ぎる。
今自分の体は髪の一本一本まで疑問という沈殿物に重く圧し掛かられた状態で、なんとかしなくてはと思うのに、彼がふざけているのか本気なのかすら検討がつかず固まっているしかない。

どうしようどうしよう。この前、沖田さんがお前はやったら運が悪くて巻き込まれてばっかでさァとかなんとか言ってたけど当たってたみたいだ。
待て待て、落ち着け山崎退。一応泣く子も黙る真選組の監察じゃないか。
最初からおさらいしよう。俺が久しぶりのオフで、ここの茶屋で団子を食べていたらいつもの通りだらしない歩き方で万事屋の旦那が来たんだった。


「……よォ〜、山崎くーん……」
「…旦那、どうしたんですか。そんな世の中を悲観したみたいな顔で」
そう言いつつも、倒れこむようにして座ってきた銀時に席を譲った。
「いやねぇ……うちのメガネの姉貴がさァ、看病だかなんだか知らねーがすごい飯食わせんだよ。あ、それってあれだぞ。お宅のとこのゴリラが記憶喪失になったやつだぞ」
「マジっすかァ!?」
「マジマジ。ってゆうか、俺も現在進行形で危機に曝されてんだって。……そういうことで!!」
「……そういうことで?」
「単刀直入に言うよ、銀さん言うよ?自分でも本気でかっこ悪いと思うけど、間違ってもお宅の無駄にマヨばっか食ってるコレステロールの申し子と人の話し聞かないドS少年には言うなよ。―――山崎君!」
「はいぃ!」
土方並の迫力に恐れをなし、思わず上ずった返事をしてしまう。銀時がずいと迫った。

「飯、奢って下さい!!」


なんかこの人が頭下げるの初めて見たなとか思ったような。ついでに、女の人に看病してもらえるなんて贅沢者めと(いつも局長が酷い目にあっているから)思ったけど、あんまりに旦那の目が血走っていて軽い同情まで覚えて、給料の範囲ならと言った瞬間に団子を五皿も注文された。


「………旦那、ところで怪我は大丈夫なんですか?」
「あァ?」
五皿の団子を無言で咀嚼した後、銀時は大福も追加注文した。
いい加減、軽く無視されていると言うか、金が出来た以上お前は用済みだと言われているような空気に耐えられなくなって当り障りのない会話をぶつけた。
「うちのガキどもとお妙が甘やかしてくれたらもう治ってた気がする。……あ、姉ちゃん。大福もう二皿と抹茶あんみつ一皿とお茶のおかわりよろしくー」
「本当に甘い物好きなんですね……」
これでは同居人も食費で苦労するだろうと思う。
もちろん、先日副長命令で銀時の家に潜入捜査した身としては、既知の情報ばかりだが、間違っても口には出さない。任務で培った掟でもあり、結局は"白"だった彼に対する罪悪感でもあった。
「もー山崎君聞いてよ。まぁ、万事屋関係は俺も金がないことはよーく知ってるし?」
「ってゆうか、旦那が稼ぎ方ですよね」
「……君、そういう所で地雷踏むから多串君に殴られてばっかなんだよ。…だけどさ、せーめーて、ダチくらいは俺に見舞いの菓子折りの一つや二つ持ってくるのが友情だと思うわけよ」
(これで何事もなかったかのように、ヅラの家のコタツに埋まってたら本気で腹立つな。つーか人の不幸を笑いながら酒でも飲んでたら絶対殺す)
「誰のせいで、銀さんがこんな怪我したと思ってんのかねぇ」


旦那は何でもないように笑ったけれど、聞き逃す事は出来なかった。
桂とのつながりから、旦那が攘夷活動をしているのではないか、と副長が疑い、調査に行ったのはほんの一昨日の話だったわけで。
………今になって思えば、自分はなんて能天気な奴だったのかと反省するしかない。
旦那にあっさり顔色を読まれたなんて、間違いなくバレたら俺は副長にぶっ飛ばされる。

今、この時代まで生き抜いてきた攘夷志士達が剣戟と絶え間ない弾圧をくぐっている間、俺たちが何をやっていたかというと、局長の道場ではっきり言えばだらだら過ごしていた。
それが悪かったとか思ったことはない。局長にはどんな事があっても返さなきゃならない恩がある。
だが、攘夷志士達の持つ重みなど、俺達は知らない。


「………旦那」
無意識の間に、剣を求めて指が這う。
はっきり攘夷志士なのか、と聞こうとしたのか、桂とのつながりを聞こうとしたのか、それとも。
「んー……あ、そうだ。ザッキー」
「なんですか、人に妙なあだ名つけないで下さいよ……」
はぐらかされて、いるのだろうか。
いやそんなはずはない、と何かに怯えるように言い聞かせる自分の心の声。
「俺の木刀って真剣並に斬れるんだよね」


「ほら、白夜叉が使うんだし」


旦那が何か呟いたが、それは故意に隠された呟きで。間違いなく彼の本音だったはずなのだが、何故か聞き取れなかった。




今に至る。駄目だ、長い回想というか現実逃避だったけど全く何も変わらない。
あの一瞬から、走馬灯にも似ていた疑問視が飛んだだけ。


―――ザッキーさぁ、今ここで木刀で首飛ばされたら、どう思う?」


首に当たったその刀は、感じ慣れた怜悧さはなく、木の感触以外の何者でもなかった。
石のように固まった自分の顔。死角の刀を見ることも、隣で無造作に刀を突きつける旦那の顔を見ることも叶わない。

大福を食べる音。何事もないように、旦那がお茶をすする音もする。
気配はいつもの旦那のまま。おそらく今何かを言っても、帰ってくるのは彼特有の気の抜けた返事に過ぎないだろう。……その刹那に、首が飛ぶだけ。


………い、る。


攘夷志士だとか、人斬りだとかそういうものではなく――夜叉が、いる。
思考の一片すら読めない、外部を全て遮断する鬼がいる。







旦那の内部に入れる人間は、誰なのかと結局は現実逃避。
斬られるならば、一瞬でなんて諦めまで予感させる重圧感がひたすらに下りる。


「あー!!銀さん!」
「銀ちゃん、また抜け出てるネ!!」
「………ほへ?」

呆然とまぬけ極まりない声が出た。
何がどう違うのかもわからなかったが、やはり何かが違ったみたいだと思う。
旦那が持つ気配が、がらりと変わっていた。

「うげっ!……新八君に神楽ちゃんじゃないの」
「なーにが、うげ!ですか!!またぷらぷら遊びに行って」
買い物袋片手に走り寄ってきた新八君が仁王立ちになって言った。
「ここまで駄目だといっそ清々しいアル」
「それに山崎さんにまで迷惑かけて!」
すみませんねーと謝る新八君になんとか返答した時には、木刀はとっくに消えていた。
「だって、その………腹が減りまして……」
「それなら、姉さんが腕を鳴らして待ってましたよ」
「姉御、さっきから怖いアル。間違いなく、銀ちゃんのせいネ」
「そうですよ。銀さんが犠牲になってくれないと、こっちも生命の危機なんですからね」
「………お前ら、本気で鬼だな」

鬼は貴方でしょう、と言いかけて、白昼夢のように消えうせていると知る。
朗らかに生きる夜叉の声が聞こえた。何もいえない。

「山崎君、約束通りお勘定よろしくー!」






「え!?何、銀さん!あれ全部払わせる気で食べてたんですか!?」
「どっちにしろ、金ねーだろうが」
「ほんと最低アルな」

二人の子供の手を引いて逃げるように去っていく後姿は、一人の夜叉が内側の世界に彼らを必死に受け入れようとしているようにも見えた。




ずっと一緒にいて、同じように生きてきて、いつのまにか離れてしまったってどういう気持ちだかわかる?

紅桜編後日談。山崎に気がついていた銀さん。微妙にダウトにリンク。
山崎は本質だけぱっと見抜けてしまう子だといいという妄想。
ついでに攘夷派はたとえ同じコタツに入っていても、全く別の道にいるから、平然と元通りになっているかもしれないとも思ってました。