テニス部には、マネージャーが寄り付かない。
正しく言えば希望者は多いが、実際マネージャーになる人間がいないのだ。
なにしろ、テニス部絶対王政の頂上にいる跡部は女癖と性格と口と頭が悪い。そして、女子生徒憧れの正レギュラーは実力とともに、馬鹿さ加減も抜きん出てしまっている。
マネージャーを希望し、入部したのはいいが連日のハードスケジュールにダウンするもの三分の一。
跡部関連で部を去っていく者三分の一。外から見るテニス部との差に耐え切れず辞める者三分の一。
以上が、テニス部をマネージャーが去っていく主な要因である。

では、マネ不在が部員にどう影響するか。……多大に影響している。
本来優しいマネージャーが行ってくれるはずの部室の掃除、球拾い(これは一年生も行うが)、スコア、それから洗濯。二百人という大所帯のテニス部では洗濯も容易ではない。準レギュラー以下は自己責任で行う事になっているがそれ以上の奴らは当番制である。
当番といっても、当番表が出回っているわけではない。全ては、跡部が決める。
つまり、練習中に気まぐれや私怨であったとしても奴に洗濯を命じられたら一日の部活は洗濯でつぶれる。
そんなさなかの出来事である。



【友情の形】



「やってらんねー!」
「………叫ばんとき、何言っても無駄や」


夏休みの練習も最初の一週間が過ぎ去った。
連日のように汗ばむ陽気の中で走り回り、部員達の疲れとイライラも最高潮に達しようとしている。そこまでならば、まだいい。跡部と宍戸が喧嘩をするとか、跡部と岳人が喧嘩をするとか、岳人と宍戸が喧嘩をするとか、皆で大騒ぎをして跡部が切れるか、巻き込まれた日吉が切れるかのどれかのパターンが起こるだけだ。
機嫌が最高潮に悪いのは、跡部だった。


「大体、なんで俺らが洗濯だっつーの!天下の正レギュラー様だぜ!?クリーニング屋じゃねー!!」
「鶴の一声で、今日のD2は洗濯なんやろ(諦め)」
「し か も !なんで今日に限って洗濯機オダブってるわけ?」
「正しい日本語を使い。ついでに洗濯機なら昨日跡部と宍戸が喧嘩したときに倒れたのが原因や」


その宍戸はどうしているかというと、二人と同様に機嫌の悪い跡部の餌食となり外周二十週の刑をたまたま横にいた滝と共に走っている。二人の今日の罪状は「髪がうざい」だったか。
それを放置して逃げるのも、ひとえに友情の証である。
大抵はそこで誰かが犠牲になれば、その他のメンバーはテニスができるのだが今日はそうもいかなかったようだ。忍足、向日両名。罪状「俺様が気にくわない」より、洗濯決定が下された。

「なー、侑士」
「言わんでいい」
「は?」
「目立っとる、やろ?」

岳人達は目立っている。
先ほどから校庭を走っている陸上部、女子テニス部、その他もろもろの視線を一身に受け二人は洗濯をしていた。
洗濯機が壊れた場合どうなるか。

「六十年前に戻ったと思えば、何にもおかしいことあらへん」
「……侑士は、おかしくないと?」
「んなわけあるかい。希望的観測や」
「だよなー。つーか、どこからたらいなんて持ち出してくるんだろうな、あの太郎!」

そう、氷帝テニス部顧問榊太郎はある意味では跡部の上を行く頭の悪さを保持している。このたらいも「洗濯機が壊れました」と報告すると「ではたらい洗濯板を使え、行ってよし」と言われた経緯のなかで登場したものだ。
かくして哀れなD2は、衆人環視の中六十年前にさかのぼり汚いユニホームやら発酵寸前で救出されたタオルやら、入れるなというのに入っているパンツやら靴下やらを洗う羽目になっている。なにしろ普段テニスをしている印象の強すぎる連中が、よりにもよって洗濯板で奮闘していたらそれは笑う。笑うしかあるまい。

「くっそー、こうやったらスーパー綺麗にしてやるからな!うりゃ!」
「あー、がっくんあかんて!洗剤は全部入れるもんやあらへん!」
「何言ってるんだよ、馬鹿侑士。入れれば入れるほど綺麗になるじゃん!」
「(阿呆や………)」
「しかも、なんか跡部ん家の泡風呂?みたいでおもしろくね?」
「まあ、まあな」

さして大きくもないたらいに、好き勝手に泡は増殖している。先ほどまでは見えていたジャージの切れ端や赤いトランクスや、商店街五十周年感謝タオルやらは完全に泡の中に消えた。
こうやったらと半ばヤケクソで、全ての洗濯物を放り込むと忍足はある事に気がついた。

「なー、岳人。跡部の洗濯物ないんか?」
「アイツが出すわけねーじゃん。クリーニングじゃねーと嫌なんだとよ」

その時、このブルジョワジィめ!と二人の心が一つに合わさった。

「なあ侑士」
「わかっとる」

「アイツのも勝手に洗ってやるでー!」
「おー!!」










二人の探索結果、跡部のロッカーからは嫌に高級そうなタオル二枚、予備のジャージ一枚、よくわからないアロハシャツ、明らかに趣味おかしいだろとつっこみたくなるような紫色のシャツ一枚が発見された。
無論前者二つは面白みの欠片もないので、洗濯されるのは後者である。

「さー!はりきって洗濯するぜ!」
「じゃあ、前半半分すすぐでー」

水道場からホースを引き、泡だらけの洗濯物を忍足がすすぐ。ついでに、泡を鼻の上にくっつけている相棒にも水の洗礼をプレゼントした。

「おわっ!冷てー」
「ええやん、涼しゅうて」
「まーな。あ、宍戸と滝が帰ってきた!」

視界の先に二十週の刑を終え、だらだらと歩いてくる宍戸と滝が映った。
べったりと額や首に張り付く髪に奮闘している姿がいかにも夏を思わせた。普段は髪を結ぶ事のない滝も後ろで短く一つ結びにしている。


「あれ、今日の洗濯は忍足と岳人なの?」
「まあなー、跡部様の機嫌を損ねた。宍戸はともかく、滝が罰周なんて珍しいじゃん」
「俺はともかくってなんだよ!」
「その通りでしょ、宍戸クン」
「滝……根に持つのは俺じゃなくて跡部!絶対アイツ俺らの直毛が羨ましいんだぜ!?」
「ほんまかいな」
「黙れ、くせ毛」
「(頷く)」
「そーだ、黙れー(面白がる)」

テニス部で絶対的な仲間などいない。このように相棒すらさっさと裏切る。誰もが皆面白いほうの味方。
しかしそこまで言われて黙っているほど優しくはない。


「……………言ってくれるやないか」


言うと同時に、ホースの口を握っていた親指に力を篭めた。
不意に圧力が加わった水が辺りに撒き散らされる。


「俺、今日洗濯係やからなー。その悪い頭も洗濯したるでー」


へらへらと笑う忍足に、思わず三人の声がそろった。滝と宍戸が新しいホースを持ってくる間に岳人は忍足の手からホースをもぎとっている。


「「「お前も馬鹿だ!!」」」
「三対一は卑怯や――!」
「卑怯上等!侑士のバーカ!」

三方向からの直撃攻撃を受けた忍足も、もちろんびしょぬれになったが加害者組もあらぬ方向からの水に先ほどよりもぬれた。

「水も滴るなんとやら……かな?」
「ま、な!俺はいつでも男前だぜ!跳べるし!!」
「跳ぶな、あちぃ」

遠くで「そこの馬鹿四人、遊んでるんじゃねー!!」という怒声が聞こえた。
忍足がいう。


「この後、真面目に部活出たい奴おる?」
聞くまでもなく、皆無である。一瞬前髪が張り付いたままの顔に笑みを浮かべた。つまり、何か企んだ時の顔である。


「おもろい事ついでに大馬鹿の大将洗濯したろう思うんやけど、乗る?」
「乗る乗る!」
「俺も」
「無論でしょ」










メガホンを持ってきたのは滝だった。
この地点で、全員がテニスバックを背負い逃走の準備は完全に整っている。大声で呼び込みをする役は宍戸、補佐が滝、肝心の洗濯係が忍足に岳人という構図である。

「なんで俺なんだよ。激ダサ」
「それ、メガホン握り締めてる人間のいう台詞じゃないよ。宍戸」
「う、うるせー!」

「岳人、校門に一番近いとこの水道につなげたか?」
「バッチリー!よし、行くぜ!!」


滝が物干し竿に洗濯物をひきつけて走るとアロハシャツはひときわ目立つ。
そのほほえましい光景に心和ませた後、宍戸が叫んだ。





「クリーニング!クリーニング!」
三人が続ける。

「「「やっほーやっほー!」」」

「クリーニング!クリーニング!」
「「「やっほーやっほー!」」」





学校中に響き渡った奇妙な音に全員が振り返り半数の者は、馬鹿な先輩達に諦めのため息をつき、また半分はテニス部の堕落を嘆き、一人が切れる。
しかし、跡部の怒号は少し遅かった。滝が叫んだからである。


「はーい!優しいD2が洗ってくれた洗濯物を分配しまーす!まず赤い勝負パンツの子!早く……」

そこまで言い終わる間にコートで「ゲッ」という声が響き下級生が顔を真っ赤にしながら走ってくる。哀れにも嘲笑にからかわれながら去っていった。

「おつぎは、商店街記念タオルの子!」

今度は三年であったらしく「てめー!滝!」と暴言を吐きながら去っていった。
この調子で二つを残して、分配が終わった時、跡部が静かに口を開いた。



「……………覚悟はいいか?」



「よくねーよ!」
宍戸が叫んだ後、岳人にメガホンを放る。待ってたぜ!という声が聞こえた。



「ヤバイデザインのアロハシャツの跡部部長―――
「ついでに紫のホストシャツの跡部さーん!早く取りにきたって下さーい!!」


一瞬の静寂の後、コートから(つまり跡部から)離れた位置では堪えるのに失敗した者が噴出した。
跡部の端麗な顔から一瞬だけ表情が消え、真っ白になる。つかつかと、薄ら笑いのまま歩み寄ってきた。
一般人なら恐ろしさのあまり逃げ出すような顔だが、もう見慣れた顔である。
そして。




「洗濯係のD2が、一番馬鹿のお前の頭も洗濯してやるぜ!喜べ、跡部!」
「ちょっとは賢くなりやー」
「跡部、激ダサだぜ!」
「ふふっ、たまにはいいよね」





予想通り水の洗礼を受けた。
テニス部の熱い熱い友情を前に、跡部は低く唸る。
「貴様ら……………おい、」
樺地が聞こえる前に再び宍戸が叫び、もう一度岳人と忍足が水をかけた。





「クリーニング!クリーニング!!」
「「「やっほーやっほー!」」」
「クリーニング!クリーニング!!」
「「「やっほーやっほー!」」」






ホース、メガホン、物干し竿をいっせいに手放し、脱兎のごとく正門にダッシュしていく先輩達を見送りながら後輩達は悩む。レギュラーは、あれほどの個性がないと取れないものなのかと。
完全に水も滴るお馬鹿に成り果てた部長が、恐ろしい形相でコートから消えた。
夏の暑い日。実はあまり非日常ではない、ただの毎日であった。


Fin

アトガキ
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むんさんへ。お誕生日おめでとう!
つーか素敵にお馬鹿ですみません。宍戸さんLOVERですみません。
ついでに侑士の関西弁は適当でした。