花 泥 棒 青臭い雑草の匂いと、何処からか流れてくる生暖かい風が向日葵畑を包み込む。水の国の豊かさのに影響されているのか、普段ならば不快であろうそれを、初夏の爽やかな風として片付けてもいいように思えるから不思議だ。 連日容赦なく太陽に晒されているせいか、視界に入る草という草は黄緑、緑の入り混じったぼかし染めのような美しい色合いだった。蝉の声、抱きしめる向日葵から香る甘い土の匂い。それらが歌う夏の歌を全身に取り込もうとしてテンテンは深呼吸をする。 ―――夏の匂いだった。 陽射し避けに借りた麦わら帽子の隙間から太陽を覗き込む。何処までも青い。 帽子の下でお団子から解かれた三つ編みが歩くたびに揺れる。しっとり湿った髪は暑さの象徴だというのに、自然に笑いたくなるのは、もうすぐ任務終えるという達成感の成せる技だろうか。 ガイ班の今回の任務は水の国、向日葵農家の手伝いを三日間で行うというものだった。 向日葵の花は間引きとして、本数を手作業で減らしていくと大きな花をつける。そして、間引いた花の種は油を取るために活用されるのだ。 泊りがけで三日間。そのうえ、普段は無表情のネジですら顔を歪めた辺り一面の向日葵畑を朝から晩まで駆けずり回っていれば、疲労もいいところだった。 「テンテーン!」 振り返ると、おそろいの麦わら帽子を被り、同じように花に埋もれるリーが走ってくる。もっとも、不屈の根性を持つであろうリーも、連日ネジと張り合ったのが効いているのか、憔悴気味である。 「一応、南半分は終わりました!後はここと、昨日残した東のちょっと、それからネジの場所」 「よし。今日こそは午後はごめんだわ」 「イエッサー!ところで、ネジは?」 「見てないの?」 二人は顔を見合わせる。いつもなら、そつなくこなして、早くしろと憎まれ口を叩いてから、次の場所に行くようなネジだ。互いにどちらかが激を飛ばされていると思っていた。 「まさか、日射病で倒れてるんじゃ」 テンテンの一言に、まさかとリーは首を振るが、彼女は譲らない。 「だって今日の朝具合悪そうだったくせに、麦わら帽子は嫌だとか何とか言って、そのまま行っちゃったじゃない。黒髪は厳しいのよ」 「そういえば」 ガイ班はどういう偶然か、全員が黒髪という、周りのチームから見れば珍しい組み合わせだ。 それだけに、それぞれ日射病の恐ろしさを痛感しているのか、いろいろ言ったものだがネジはそのままそっぽを向いてしまったのが数時間前。 「一時間前には見た気がするんですが……」 そう言って、気まずそうに目を伏せたリーの動作をテンテンは見逃さない。 「何か含みがあるみたいじゃないの」 「いや、別に」 「リー」 「………それが」 ―――ここまで我慢してきましたが、ネジは身勝手です! ―――何を言い出すかと思えば……。班にあまりにもトロいのがいると苛つくだけだ。 ―――っ、また君はそういうことを!これもチームワークの一環でしょうが! ―――うるさい、リー。二日もお前と同じ部屋で寝ていたら、ストレスも溜まる。 ―――それはこっちのセリフです! ―――言ってくれるじゃないか。 「そういうことで、夜中に喧嘩してしまって、その疲れが残っているという可能性も」 「あっきれた。元が犬猿の仲って言っても任務中でしょうが」 「……面目次第もないっす。ただ、ネジと共同生活ってなんか戸惑いが多くて」 まあそうだろうな、とテンテンは思う。 自分だって未だに何故ネジとリーを同じ班に入れられたのかわからない。 「でも私の目から見れば、戸惑いが大きいのはネジの方みたいよ?」 「え?だって、ネジは僕のことを全然気にしてないように思えるんですが」 どうしてそれがネジの捻くれた、無意識に気にかけている者に対する態度だとわからないのだろう。昨日ガイに言われた、あいつらの年齢なんてそんなもんさという言葉を噛み締める。いくらこの二人でも、男というのは精神的に発達が遅いのかもしれない。 「あのねぇ、ネジは言いたいこと言って、何も考えずに笑って、嫌な時は嫌だって言ってぶつかってくるアンタに驚いてるのよ、多分」 「それはつまり、照れ隠しってことですか!?」 そこまでは言っていないが、まあそういうことにしておこう。 このまま長引くのは、百害あって一利なしだ。 「そうかもね?」 「……なるほど。とりあえず、ネジを探しましょう!さっきは言いませんでしたが、実は僕も体力的に限界なんです。スタミナだけは僕の方が上ですから、倒れてたとしても不思議はありません!」 「はいはい」 (素直じゃない奴……) ネジが担当しているゾーンまでは、既に終了している場所であるので、二人は間引きするべき向日葵を見つけるために目を光らせることはなく、畑全体をゆっくりと見回した。 四方見回して、境界線もなく黄色と葉の世界。これを依頼するとは、依頼主も人が悪い。 「私たち、一応頑張ってるわよね。この畑ほとんど制覇したもの」 「確かに……これからは、道端の向日葵を見ても反応しそうですよ」 「次はチューリップかもよ。ガイ先生、こういう肉体系の任務好きだから」 「先生が行けって言うんなら、歓迎です!その時までには、ネジとも完全に打ち解けて見せますよ。テンテン、賭けます?」 「賭けにならないわよ」 「あー!そんなぁ」 二人の笑い声が響く。 だんだんと向日葵の高さが高くなってきた。ここが、一番日当たりがいいということになる。 ここでは、人間よりも向日葵が偉いという令が最初に敷かれていたので、二人は丁寧に向日葵を掻き分ける。何するともなし、麦わら帽子に手をやるとそれの方が先輩に思える。 「もしさ、こういう農家に生まれてたら、毎日麦わら帽子被ってるだろうね」 リーの脳裏に、麦わら帽子に長いスカートとエプロンという格好のテンテンが浮かんだ。 エプロンの中にたくさんの向日葵を入れている。 「想像しましたが、似合ってますよ!それに比べて僕は、麦わら帽子は似合いません」 「そうねえ、リーは見習い水夫って所かな、似合うのは」 「うーん、それなら船長がいいです!」 「駄目よ、濃すぎて海賊に狙われる」 一拍の間二人は無言で見つめあう。そして、同時に噴出した。 「海賊は、ネジね!」 「海賊は、ネジで!」 二人の脳裏に長いマントを羽織り、短剣を構え、片目眼帯をしたネジが現れた。 なんだか凶悪そうなのに、涼しげなよくわからない海賊風味である。 「なんか、高みで見物してそうね……」 「しかも薄笑いかも」 「あ、それで、背後に回ってた奴はさらりと斬りそう!」 「決め台詞は……」 「「俺に死角はない」」 「あはははっ!はまりすぎよ!」 「確かに!あ!ネジがいましたよ!」 見れば、5メートルほど先にネジの足だけが覗いている。 「ネジ!……って、寝てるよ、テンテン」 「あ、ほんと」 土で包帯は汚れ、辺りには花弁が散って、疲れと戦いながら必死に抜いていたであろう形跡がある。担当範囲を意地で終えた瞬間に、意識を眠りの世界に誘われたようだ。ネジは器用に畑の中に空いた丸い空間に座り込んで、寝息を立てている。 背後にある高い向日葵に軽くもたれ、テンテン達の気配にも気がつかず熟睡している様はやはりまだあどけない子供だった。 「ちゃっかり、麦わら帽子似合ってるし………」 リーの呆れた声に思わずテンテンも頷く。 朝は散々嫌だとごねた男は、さも当然のように麦わら帽子を被り、滑らかな黒髪を帽子の中から垂らしている。 三日の間、髪が暑苦しいと全員に言われていたのが嫌だったのか。それとも、被れと言われたのを素直に被るのが嫌だったのか。どちらにしても、大人びたチームメイトの素直でない一面に二人は自然に頬を緩ませた。 「僕は正直、このスリーマンセルでやっていけるのか不安でしたが、間違っていなかったみたいですね」 「うん。やっぱ、先生たちの読みは深いわ。―――ところで、リー。一つ、悪戯をしてみる気、ない?」 疑問の視線で続きを促すと、テンテンは楽しげに唇を歪める。 手持ちの向日葵の茎を細く削り、花の形を整えた所で、リーも事態を察した。 「三つ位なら、花を借りてもいいですよね!」 「そ、後でちゃんと返せばいいんだし。ネジー、頼むから起きるんじゃないわよ」 抜き足差し足忍び足。それでいながら素早く影が出来ない位置に滑り込む。 麦わら帽子の粗い網目に茎を差込み、花を縫い付けるまで30秒とは掛からない。 リーは手際のよさに感動しつつも、可愛らしい姿になったネジを見て笑いを堪えていた。 「次はリーよ。おそろいって仲良さそうなイメージあるから、ガイ先生が喜ぶだろうし」 リーはあっさりと作業を終えたテンテンに向き直り、そのときの勘で花を織り込む。 先生の二、三倍の時間は要したものの、なんとか形にはなっているように思える。 「リー、ネジ、テンテン!昼飯だぞー!」 遠くから休憩の合図が聞こえる。畑の端から言っているのに、しっかり声が聞こえる所が恐いが。 今日も午後まで持ち越したか、と二人が溜息をついた瞬間、ネジが跳ね起きた。 「……っ、今、ガイの声が」 さりげなく自分の帽子にある向日葵を見せない角度に体を捻りながらテンテンが言う。 「したわよ。まったく、よくこんな所で寝られるわね」 「ネジ、行きましょう!」 悪戯を悟られぬよう、リーがほとんど無理やりネジを立たせ、左腕を捕まえる。テンテンは右だ。 「おい、リー!離せ!テンテンもだ!」 「嫌ー」 「聞こえませーん。急ぎましょう!」 いきなり両側の二人が走り出したので、仕方なくネジもそれに合わせる。 なんでこいつら、こんなに元気なんだと思ったが、任務中に居眠りした挙句、それを彼等に見られたことがあり強い態度に出られない。元気の源に自分がなっていることに気がついていないゆえだ。 「先生ー!!」 汗だくになりながらも、腕を組んで走ってきた部下達を見てガイは大層喜んだ。 「なんだ、三人とも可愛くなってるじゃないか!さしずめ、花泥棒だな!」 「やっぱ、おそろいって可愛いでしょ、先生」 「テンテン、大成功ですね!」 「……?」 一人話がわからないネジに投げられた一枚の鏡が事実を告げる。 戻る前に脱ぐはずだった麦わら帽子に向日葵の花を挿し、呆然とそれを見ている自分と後ろで笑いこけている仲間たちが映っていた。 Fin アトガキ ―――――――――――――――――――――――――――――――――― ガイ班結成直後くらい。こうして少しずつ仲良くなっていく。 先生は班を仲良しにしたいので、最初は泊りがけの任務ばかり受けていそうです。 それによるストレスとかは気にしないの。根性で乗り切るから。 最初はテンテンとリーがほのぼの系統で、ネジが一人で浮いている。 だんだんと二人の生命力溢れるパワーにネジが振り回されていくのが夢。 テンテンはリーとネジ、両方を冷静に観察していると思います。お姉さんだから! どうでもいいですが、ネジは麦わら帽子が似合っているはずです。 体力的にはテンテンが不利だけど、彼女は毎晩熟睡。 男子諸君は毎晩喧嘩してるから、差が現れてくるってわけ。 当然のように、ガイ先生も帽子を被って花をつけて、記念撮影。 ネジが(蔵に)隠した写真はいつの日か、ヒナタが、掃除してて見つけてしまいそう。 上忍ズは、先生に自慢されて見ちゃうでしょうが。ネジ一人が嘆く。 誰も気にしないけど。 向日葵とひまわりとヒマワリ、どれにしようかすごい悩んだ作品でした。 |