六  段 




快援隊の母艦から出立した小型艇のメインスクリーンに、青い光が満ちた。
その姿を待ち焦がれていた二人は、同時に軽く息を吐く。全身に疲れが溜まり、喉も渇きを訴えている。強行軍だった。
本来、母艦ほどの出力機関を持たない小型艇では、地球へは母艦の2倍ほどの時間がかかる。小惑星帯に突っ込むなどの無茶な近道の結果、恐らくは陸奥たちと同時刻に到着したのだった。

「しかし、寿命が縮まった思いがする。普段からあんな無茶をしているのでござるか?」
副操縦席にぐったりと沈み込んだ万斉が呆れ声で口を開く。
操縦していた坂本は疲れた様子もなく、ターミナルからの電子警戒網にかからないルートを計算し、すぐに隠匿機能のスイッチを操作している。
この小型艇には坂本と万斉の二人しか乗っていない。快援隊の大事な頭を迷いなく単身で出した陸奥の度胸にも驚嘆したが、立場を理解しているとは思えない無謀な操縦を披露した坂本には呆れしかでてこない。どうでもいいが、いずれ操縦ミスで大破する気がする。
「あっはっはっ、おんしゃ、若いのー。これくらいは無茶とはいわんぜよ。それに、出力機関は駄目じゃが、防御装置は優秀にできちょる」
それは、恐らく鉄砲玉のようなトップのために部下が用意したものだろう。気がつくと無茶ばかりしている上司の顔がよぎり、どこもそうなのかと万斉は溜息をつく。
すると、坂本は突然笑いを引っ込めた。
「まあ、ちくっと乱暴な運転じゃったが、早うせんとな」
後半は、はっとするほど低く、不安に満ちた声音だった。
「時に万斉君。鬼兵隊の本部っちゅーか潜伏先には電話を引いちょるか?」
「それは、……まあ無論引いているが。携帯では、盗聴の危険も大きい故。だが、番号は教えないでござるよ」
「あ、それは大丈夫じゃ。前に酔っ払った晋助に聞いたから」
「……」
返り討ちにされる可能性大だが、この一件が片付いたら絞めようと万斉は思った。
高杉は、適当に生きているようで隠れ家だけは慎重に決めている。だが、毎回、袂を分かったはずの旧友から電話だの手紙だのが来、最悪の場合は本人が訪ねてくる。ぶった斬ると発言した桂ですら、長ったらしい手紙を寄越すくらいだ。冗談抜きに不快だ。
「その電話回線は、盗聴や不正アクセスを防ぐ独自のシステム―――つまり、民間サービス以外の、まあつまり非合法ものを使っちょる。うちもそうじゃ。幕府に情報を握られない電話回線はわしらの命の綱じゃ。晋助の隠れ家もヅラのところもそうじゃろう。……じゃが、一介の万事屋はどうじゃ?」
「まあ一般の回線と考えるのが妥当で、」
あ、と言葉を切る。ようやく話が繋がった。
目線だけで問うと、坂本は静かに頷く。

―――銀時と全く連絡が取れん。大家さんの家も同じじゃ」
やはり、という言葉を万斉は呑んだ。隠し切れない感情が浮いていそうだったからだ。
高杉・桂の捕縛作戦を開始する段で、恐らく坂田銀時の名は要注意人物として挙がっただろう。銀時が関わった数々の事件は、確実に報告が上がっているだろうし、高杉・桂の両方と接触がある一般人などそうはいない。
「つまり、回線が故意に遮断されていると?……いや、さすがにそれでは気づかれる。恐らく特定の回線のみでござろう。坂田銀時の元に来た電話の発信先を調べ、問題ないようであれば繋げているのではないか?」
「なるほど、の」
くくっ、と坂本は喉を鳴らす。つまり、自分が保有する3台の携帯電話、快援隊それぞれの艦隊の内線番号は幕府に知られているということだ。
「坂本殿?」
先ほどまでの豪快な笑いに一瞬で獰猛さが帯びる。どこからか血臭が漂ってきそうなほどの。

「ワシを泳がそうとは、ナメてくれる」
ぞっとした。全く笑っていない双眸を見ていると、何故か自分の方が頭から喰らわれそうな気がして目をそらす。 こういう男達を知っている。時代に搾取されることを何より憎む反逆者と呼ばれる者達を。
「……坂本殿、お主も………」
時代の不条理さを踏み越え、宇宙へと去った男ですら―――
「万斉君。ワシはそんな忠義に溢れた男じゃないぜよ」
思考を呼んだかのように、操縦桿を引き、着陸態勢を整えながら坂本は言う。その目は既に万斉ではなく、じっと宇宙と地球の狭間を食い入るように眺めている。

「ただ、誰にも誰かを玩ぶ権利はないと思うだけじゃ」

常日頃、周囲を翻弄するのは間違いなく彼らだというのに、その彼らすら誰かに遊ばれているとしたら、自分達はどこまで戦い抜けば救われるのだろう。そもそも救われたいという思いすら間違いと高杉は言うだろうが、ではせめて終わりはどこにあるのだろう。
「あ、万斉君。隠匿機能で着陸するんじゃが、ちくっと揺れるき、死ぬとかナシね」
自問自答した下らぬ問いは、次の瞬間の急降下と内臓がかき回される衝撃に霧散した。




万斉の悲鳴を聞くまえに、陸奥はヘッドホンを外した。予想の範疇ではあるが、あの荒すぎる運転の様子を聞くだけで気分が悪くなる。また子では到底耐えられないと思い、万斉を当てて正解だった。最も、あの高杉に付いていくような酔狂に正常な感覚があるのか疑問だが。
「向こうはどうッスか?」
「ミキサーの中じゃ」
丁度、検問をすり抜けるための変装を終えたまた子が声をかける。
坂本が操縦する小型艇のコクピッドの会話は、陸奥が仕掛けた監視装置により全て母艦に届けられていた。坂本には言っていないが、特に文句も言わないので知っているのだろう。

「何を言われても声を荒げちゃいかんぜよ」
「大丈夫っす!この来島また子、晋助様のためならどんな屈辱も耐えられるッス!……じゃあ、なくて大丈夫です。私、向島は宇宙を股にかけるビジネスを学ぶことを何よりの喜びとしています。だ」
また子が、割り振られた企業研究をしている学生の役割を演じてみせる。うまく人格を使い分けられるタイプとも思えないのに、自然に言葉を紡いだまた子に陸奥は内心舌を巻いた。
「……毎度疑問に思うんじゃが、高杉のどこがそんなにいいんじゃ?」
「陸奥さんが、あのエロもじゃがいいっていうのと一緒っすよ」
また子は照れくさそうに鼻に手をやりながら笑った。陸奥もつられて表情を和らげる。
手に入らないものに焦がれる者同士が、安らぎを求めているだけかもしれないが、それでも彼女は安心できる。彼女のような人がいれば、奴らの周りに渦巻く闇が途切れる気が少しだけする。
「よし、行くぜよ」
「イエッサー!」

二人で少しだけ笑い、陸奥はターミナル管制に通信を始める。しばらくは事務的に船籍番号・着陸目的・人数などを淡々と話していたが、不意に眉を寄せた。
「陸奥さん?」
声を上げたまた子を手だけで制し、この場から去るように合図する。
怪訝そうに彼女が出て行った後、スクリーンに映像通信が映し出された。


「どうもー。ご無沙汰ですねィ。真撰組の沖田でさァ」
真撰組の中で最も見たくなかった顔だったが、陸奥は舌打ちをかみ殺した。
意識的な無表情下で、あらゆる事態を考え始める。坂本の密航がバレたのか。何か緊急の命令がなければ真撰組がターミナルにいるはずがない。
「快援隊の陸奥じゃ。ちゃらんぽらんな頭はいないが、着陸許可を求める」
否、坂本が原因とすれば時間が合わない。真撰組髄一の腕の沖田は桂捕縛に駆けずり回っているはずだ。
「珍しいですねェ。坂本さんはどうしたんです?」
「女の尻を追いかけちょるから捨てた。物資調達にあの馬鹿はいるだけ邪魔じゃき」
あながち嘘でもない事実を話しながら、陸奥は注意深く沖田の様子を観察する。
「大変ですねェ。うちの馬鹿大将も相変わらずストーカー行為ばっかりで」
相槌を返してくる沖田の目に、こちらの意図を探る色はない。ただターミナル警備の間、暇つぶしに疑わしい船にちょっかいをかけているだけなのか。
とにかく、何故真撰組がターミナルにいるのか聞き出さなければ。どうせ入港後のチェックの際も沖田が同席するだろうから、出来れば今のうちに。また子の身元が割れれば、ただでは済まないという事情もある。
気持ちは逸るが話を合わせる方が得策だろう。陸奥は密かに深呼吸をし、何事もなかったかのように話に乗った。
「どこの組織も上がちゃらんぽらんだと下が苦労するようになっちょるの」
「あはは、ごもっとも。―――あ、陸奥さん、あれですか。アンタの彼氏もそういう奴ってことですかね?」

このクソガキ。
なんとかその最悪の言葉だけは飲み込んだものの、陸奥は一瞬顔をこわばらせた。
読めた。というか、向こうも隠す気はない。

「誤解がないように言うが、わしと黒もじゃは艶めいた関係じゃないぜよ」
「いやいや、そうじゃなくて。アンタは別嬪だから、寄ってくる男なんてわんさといるでしょ?―――例えば」

天使のような悪魔、そんな表現がしっくりくる甘い笑顔を沖田は浮かべた。

「ど派手な着物に、粋な煙管に、物騒な刀を差した男とか」


……坂本ではなかった。
彼の獲物は、自分だ。沖田は、自分の影にある高杉を暴き出そうと舌なめずりをしている。


陸奥の口元に、始めて余裕と不敵さが乗った。

「さァ、そんな男知らんの。口説き文句としては、少し面白みがないぜよ、沖田君」

どいつもこいつも、自分を食い物にしようとする。
だが、坂本の右腕が大人しく食われてやると思うなよ。

「こりゃあ手厳しい。じゃ、着陸許可出すんで、船内チェック受けて下せェ。……色恋話はそのあとじっくりと、場所を変えてってことで。どうです、陸奥さん?」
可愛らしく首をかしげる沖田を画面を突き抜けて殴りたい衝動を押さえ込み、陸奥は頷く。


「臨むところじゃ。若者のお手並み拝見といこう」



そして快援隊が入港して数分後。
ターミナル緊急封鎖。



◇ ◆ ◇



共に重ねてきた一秒一秒が極細の糸となり、大気を浮遊しているかのよう。厚く汚れた囲いの中は、現在から切り取られ、失われた時間へと変わる。
膝を突き、目を見開いたまま、銀時も高杉も動けなかった。足は地に縫いとめられてしまったようだし、自分の目はガラス玉に変わってしまったのではないかと思うほど、目の前の情報が認識できない。


吉田松陽は何も言わない。
少し困ったように、愛おしさのこもった目で2人を待っている。

そうだ。先生は、いつでも俺達を急かさず、自分で決めるのを待っていてくれた。そう銀時は思った。

吉田松陽は静かに微笑む。
そして、ゆっくりと右手を差し出す。そこには絶対的な安心感と儚さが浮いていた。

そうだ。先生は、いつでも聞き分けのない俺達を、静かに優しく導いてくれた。そう高杉は思った。


言葉にならない叫びとともに駆け出そうとした高杉を、銀時は反射的に止めた。信じられないものを見るような、同時に安堵したような高杉の視線が銀時の双眸に吸い込まれていく。自分は何故彼を止めるのか、あの人がいるのに、でも、いるはずがないのに。
ふらりと掴んだ腕を放し、一歩前に踏み出そうとした銀時を、今度は高杉が押し留めた。恐ろしい力だった。そして、高杉の腕には、手の形の痣がくっきりと刻まれている。

「……あ」

間の抜けた声はどちらのものであったか。
二人は困惑に溢れた顔を見合わせる。幾度も幾度も繰り返し、妄執にも近いほど大切に大切に抱いてきた先生の思い出。思い出せるわずかな出来事から温かかった日常の残り香をかぎながら、必死に生きた日々。人生で始めて守りたいと心から願い、足掻くこともできずに奪われた人。
失くした全てが、目の前にある。自分一人では、血に塗れた手を見せる勇気が湧かないが、袂を分かったはずの友もいる。そして、彼は自分達を受け止めようとしている。こんなにも汚れ、友すら見捨て裏切りあった愚か者を、なんでもないことのように。
願って願って、泣きながら懇願して、掴めるならば腕がちぎれるほど手を伸ばしたかった最愛の人。

何故、手を伸ばせない。
何故、彼を願い続けた心が、冷淡に呟く。違う、と。

「………松陽先生、だよな?」
震える声で最初に銀時が言った。
「何に見えます?銀時」
松陽はにこりと嬉しそうに笑う。子どもになぞなぞを出すような茶目っ気に溢れた仕草は、間違いなく師のそれだ。
銀時の肩がだらりと重力に引かれて落ちる。

「……先生………」
「晋助」
すぐ耳元で聞こえた涙声に驚き、銀時が見ると、高杉の残された目からすうっと涙が零れ落ちている。
俺達が高く積み上げてきた壁を割り、その中に封じ込めたものが、少しずつ流れ出すような涙。次第にその涙は細い糸から、大粒のものに変わり、高杉は目を見開いたままぼろぼろと泣き続ける。

「二人とも泣かないで下さい」
そう優しくそよぐ風のような声で言われて、銀時も自らの頬がぐっしょりと濡れていることに気がついた。

もう二度と、高杉と共に、温かな涙を流すことなどないと思っていた。
一滴、一筋の涙が零れるたびに、抱え込んだ氷点が溶けるのが分かる。戦場と敗走と追跡の果てに穿たれた穴がみるみるふさがり、遠い存在と成り果てたはずの友の熱がゆっくりと交じり合う。今までどうしても思い出せなかった故郷の温度、まばゆい光すら指している気がして、目が眩む。

二人はほぼ同時に、松陽へと手を伸ばし、ぎくりと固まった。


「先生……!」


伸ばした手は、確かに届いた。
子どもの小さな手ではなく、多くの傷を吸い込んだ大人の手は確かに師へと触れ―――


するりと、何の生の気配にも触れぬまま、松陽の手を通り過ぎた。

「……先生、すけてる、」
呆然と呟く高杉に、最も危険で過激な攘夷志士の姿はない。ただの小さな子どもが、動転のあまり、直視していれば簡単に分かった事実を呟いただけだ。
救いを求めるように顔を向けた高杉と目を合わせた銀時も状況は変わらなかった。

「だから、泣かないで」
二人分の視線を受けた松陽は、切なげに唇を噛む。
大人になったからこそ分かる。その噛まれた下唇に篭められた屈辱、哀切、嘆きの思い。


「幕府に甦えさせられた立体映像に過ぎない私には、貴方達を抱きしめる腕がない」


銀時は空恐ろしい思いで、自分と高杉の絶叫を聞いた。
それは叫びであり、嘆きであり、怒りであった。あらゆる負の感情が、ごてごてと混ざり合い、ざわめき合う。次第に、頭が真っ白になって、何がなんだか分からなくなって、手を床に打ちつけても狂騒は消えない。

(駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ、もう―――

忘れた振りをしていたものがずるりと目の前に現れた。
怨念。俺達の中に燻るもう一つの消えない火種。


赤黒く染まる視界の中、哀しい松陽の目と、固まったままの高杉と、そして突然開いた扉の先が陽炎のように揺れた。



◆ ◇ ◆



時間感覚はとうになかった。どんな思考もまとまらず、全身が小さな断片に切り刻まれたように、現実感がない。
生理現象だけはかろうじて機能しているらしく、多少腹が減り、ひんやりとした空気を感じるようになった。もう夜に近いのだろうか。そう思っても、銀時は他人事のように帰らなければ心配するであろう家族と、もうここから出られないかもしれないという現実を徒に反芻するばかりであった。

ぶらぶらと左手を動かすと、連動的に高杉の右手が動く。気だるげに顔を向けた高杉の瞳には、無残な敗者が映し出されている。

銀時の左手と高杉の右手、左足と右足は、それぞれ太い鎖で繋がれていた。あの後、松陽の影から現れた役人は、薄笑いを浮かべたまま銀時を拘束し、高杉と繋いだ。一般人の銀時には不当な処置であり、逆に指名手配犯の高杉に対しては甘すぎる拘束。その行為の裏には、二人に抵抗の意思と力がないという自信がある。
事実、二人とも唯々諾々と鎖に繋がれ、閉じ込められた。酷く満足そうな顔の役人に、松陽の骨と彼の記憶を持つ者から引き出した記憶から立体映像を作ったこと、一日に三回、一時間ずつ松陽と話せること、そして攘夷派の拠点や人員、武器情報などを話せば松陽と共に静かな生活を送ることも可能だと、全てが耳からすり抜けていった。
しかし、「白夜叉も鬼兵隊総督も軽いものだ」という嘲笑だけは胸に刺さった。

「……高杉」
呼ぼうと思ったわけではなかったが、今の状況で発することが出来る言葉は友の名しかない。
「……なんだ」
高杉はいくらか落ち着きを取り戻したようだった。しかし、首を深く曲げて項垂れているので表情は見えない。
何か話さなければ。このままおかしくなってしまう。銀時は必死に言葉を探った。
「銀時ィ。……テメー帰らなくていいのか?」
その思いは相手も同じだったらしく、高杉の方が話題を振る。しかも、普段なら決して言わない配慮をして。
簡単な仕事だと言って出てきた銀時も、その懸念がないわけではない。一晩ならまだしも、いつこの場所から出れるのか定かでない。唯一残った幼馴染は何処をほっつき歩いているのか分からないし、仮に彼が来たとしても囚人が一人増えるだけだ。
「帰りたいけど、帰れねえよ」
「俺もだ」
間髪を入れぬ返答。ぐい、と高杉の顎が上を向く。

しばしの逡巡が沈黙を生む。どちらも、帰れない理由が鎖などではないと分かっている。
自分達が本当に議論をするべきことも、嫌と言うほど。それくらいの理性は残っている。

改めて銀時に向き直り、慎重に言葉を選んでいるのか、歯切れ悪く高杉が言う。
「………あの人は、俺達の先生だと思うか?」
「俺が聞きてぇよ」
駄目な返答だと思いながらも、投げやりに答えた。否、それしか答えようがなかったといっていい。もし、自分達に残された最後の真実を見抜けなかったとしたら、これほど恐ろしいことはない。
「俺は、……分からねェ。でも、否定も出来ない、と思う」
あの人の前に立った時、俺達は失った全てを放り投げて、一介の生徒に戻っていた。そう呟く高杉に、銀時は弱弱しく笑った。
「だよなぁ……。あんの野郎……夢じゃ、面も見せなかったくせになぁ」
高杉は肩に寄りかかってきた友から目をそらし、虚空に向かって問いた。
「銀時。お前の夢での先生はどうだった?」
「声と気配だけが聞こえた。それでいて、襖を開けると誰もいねェんだ。……顔も見ずに、斬りまくった俺には、似合いの夢さ」
「俺ぁな、先生の姿を見た。だが駆け寄ると、先生の声はなく、死人の体温だった。飽きもせず、死人ばかり生み出す俺には、似合いだよなァ」

顔を見合わせ、二人は同時に笑った。
乾いた笑いが静かに反響して、囚人を切り刻むように巡る。

「お似合いすぎて、涙が出らあ」
「全くだ。同じ穴の狢とはよく言ったもんだな」
「高杉。一緒にするなとか言ってたけど撤回するわ。人間、変われねえもんだな」
「だろう?」

少しでも楽な姿勢を取ろうと、揃って壁にずるりともたれかかる。
長期戦を覚悟したのだ。―――少なくとも、今一度松陽に会うまではここにいる。


それが、現実逃避であることは分かっていた。幕府がこれほど大掛かりなことを仕掛けたのだから、時間が経つほど状況が悪くなるであろうことも、嫌な予感に頼らずとも分かっていた。
その危機的事実をどうでもいいと感じた自分達は、もはや負けたのかもしれない。
たとえそうだとしても、もう一目会いたい。ゆっくりと話をしたい。
 

二人はどちらともなく目を閉じ、遠く離れた故郷に思いを馳せた。



◆ ◇ ◆



「つーか、どうなってんだ、こりゃ」

銀時と高杉が繋がれた獄の天井に、思わず驚きを吐露する男がいた。問答無用で巻き込まれ、あやめと共に潜入してきた全蔵である。
手筈では、システムダウンの混乱の中、一気に制圧するはずだった。この研究所のような場所には20数人しかいないことは調査済みであり、高杉という男が動けずとも、銀時と自分で十分「黙らせる」ことができる自信もあった。言いたくはないが、銀時の恐るべき強さは理解していたし、だからこそ話に乗った側面もある。

(……まずいな)
身勝手な相棒は今はいない。短い打ち合わせの中で銀時に言われた「黒いモジャ男、グラサン、下駄、頭カラ、女と見ればすぐケツを触る馬鹿、の坂本辰馬という男を呼んで来て」という詳しいのか、適当なのか判断が難しい指令に取り組んでいる。

生身と見まがうような立体映像が出てきたのにも驚いたが、それに一瞬で大の男が骨抜きにされる姿にはもっと驚いた。しかも、ただの男ではない。あの攘夷戦争を生き抜いた鬼兵隊総督と、坂田銀時の二人だ。
さすがに2つの荷物を引き摺って脱出は出来ないし、そもそもあの様子では付いてくるまい。

悩む時間はなかった。そろそろ館内の指揮系統が生き返る頃だ。こちらまで脱出できなくなる。


次の瞬間、全蔵の姿は闇に溶け込み、消えた。