五  段 
  



かつて馬鹿馬鹿しく地獄に似た場所を這っていた頃。俺達はあたかも日常行為のように使い捨ての約束ばかりしていた。

「明日も共に酒を飲もう」「戦争に勝ったら、故郷に遊びに来い」「俺達の国を、侍の魂を守ろう」云々。

何かを約していなければ言葉を忘れてしまいそうで。もしかしたら叶うかもしれないと思っていなければ人でなくなりそうで。愚かな約束が破られ続けることで狂い始めたというのに、それに何よりも救われていたのだ。


世界の色が赤と黒だけになっていく。
俺達の最初の約束はこうだった。「先生の無念を晴らす」。だけど戦場に埋もれていくにつれて先生の優しい顔すら思い出せなくなってしまいそうで、俺達はそれを死よりも恐れた。
彼は汚れた俺達唯一の白い太陽で、俺達が人である証だった。


桂が言った。「なあ、先生の無念を晴らそうとしたな。だが、先生は帰って来ない。俺達は最初の約束をなんとか守るため、何かを守ろうとした。覚えているか」
高杉が嘆いた。「守ろうとした。譲れない何かだった。ああ、それなのにどうして思い出ねェ……」
俺が喚いた。「忘れちまう!先生の面影を!先生に誓った何かを!俺達が飽きるほど他のものを失いながら守ろうとしたものがなんなのかを!!」

不毛で無意味だった話し合いは、何も有意義なことはなく散会になった。
ただ、約束の文言が変わった。

その約束は戦火に魂を削られ続ける俺達が覚えていられるもの、つまり正義だとか思い出だとかではなく、怨嗟と憎悪だけで構築されたものだった。


俺達はそれからもいろんなことを忘れ続け、捨て続けた。
だが、愚か者の三人は別離し、抉り合うようになってすら、それだけは忘れることはなかった。




◆ ◇ ◆




一体どうして自分がこんな場所に居合わせてしまっているのか。土方の自問自答は続いていた。
「……もう駄目だ……絶対駄目だ……こんな、変な奴捨てておいてさっさと帰ってればよかった……」
隣に座っている銀時は、先ほどから卓袱台の上に突っ伏し失礼な内容の苦悶を続けている。
「オイ、状況が読めねぇんだが」
そんな土方の問いにも上の空で、駄目だ駄目だと連呼し、時々台所の方を見てすぐに目をそらす。

銀時につられて土方も台所に目を向けた。やはり子どもであっても、あれは桂だ。
あの後、桂は土方の隣に立つ銀時を一瞥し、そのまま丁寧に名乗り頭を下げた。その仕草は厳格な武士の子弟そのもので、爆弾を抱えて逃げ回る桂を見慣れていると違和感だらけで。つられて慌てて自己紹介をしたが、桂のそれとは全く違うぎこちない礼だった。

「銀時。悪いが、この前蔵に仕舞ったとんすいを持ってきてくれ」
よく分からない鼻歌を歌いながら、桂の声が台所から飛ぶ。
「なんでわざわざ行く必要あんだよ。とんすいくらい出てるだろ」
むくりと卓袱台から身体を離し、銀時は不満を漏らした。すぐに返答が来る。
「これだから、天パは駄目なんだ。お客人に日頃の食器で食事を出す気か。いいから頼む、俺は鍋を育てなければならん」
「育てなくていいからァァ!!つか、育てるってなんだよ、お前表現おかしいって!」
「料理は愛情の勝負だ。具材に愛情を注ぎ、味を付ける。つまり料理を育て、食す者まで育てる。ほら育てるじゃん」
「この電波!!」
「電波ではない。桂だ。では、頼むぞ」
これ以上の会話を無意味と悟ったのか、銀時が深い溜息とともに立ち上がり襖に手を掛けようとした。
「俺も行く」
子どもとはいえ、あの桂と二人きりになるのはどうにも気まずい。その一心で土方も立ち上がろうとするが、銀時の小さな手が止めた。
「いいよ。座ってて。一応お客様だし」
そう言った後、桂に聞こえない程度に声を落とし、再び言う。


「部外者を、先生の蔵に立ち入らせるわけにもいかないからね」


その時の銀時の目は、土方の記憶よりは鮮やかな色合いだったが、子どものものとは思えないほど冷えていた。万事屋の坂田銀時は時々世界の全てを信頼せず嘲笑うような表情をしていた。その後は、決まってその「冷え」を取り繕うように、優しく激しく戦った。銀時の微笑みは、笑えるほどに高杉や桂の笑みと酷似していて、だからこそ彼らの繋がりを確信していたのだ。

子どもの銀時は、その「時々」が「常」であるような目だ。少しでも隙を見せたら、大切なものを根こそぎ奪われると恐れ――略奪を理解した深さがある。

理解した。自分は彼にとっては異物なのだ。「今」も、―――そして未来も。



「土方さん。座ってもいいですか?」
あの銀時が小さな手で必死に守ろうとした場所は、容赦なく崩される。汚れた手で引き裂かれ、同時に彼らは瓦解して「土方さん!聞こえてます?」
「!?……ああ。悪ぃ」

思考から引き戻された土方の前には、桂の小さな顔があった。きちんと許可を求め、彼は土方の正面に座る。
じっと子どもの大きな瞳から視線が注がれ、土方は居心地が悪く身じろぎをした。彼の黒い目はまだなんの喪失も知らず、真っ直ぐな信念だけをたたえていて、見るに耐えなくなったのだ。

「さっきから気になっていたんですが、以前にお会いしたことありますか?」
正直ぎくりとした。
「いや……初対面だ」
少し動揺した土方を怪訝そうな顔で見た桂だったが、それ以上は追求しない。
「そうですか。少し土方さんは俺に警戒しているような気がしたので」
「……俺はお世辞にも目付きがいいわけじゃねぇからな。気を悪くしたなら謝る」
桂は少し考えて、何故かにこりと笑った。その笑みは、まさしく一点の曇りもなく朗らかで楽しそうなもので土方を驚かす。―――最期に見たあの、張り詰めた憂鬱と静寂の瞳は、一体。彼は、否彼らはいつ死んでしまったのだろう。

「ああ!そういうことならよかった。うちにも目付きと性格と頭の悪い天然パーマと、チビがいますから分かります」
合点した、と明るい顔で桂は手を叩いた。客人に不快に思われていないかだけが心配だったらしい。
「そりゃあ……」
「ところで、土方さん。先ほどは銀時と一緒に来たんですよね?それで、」
ほんの先ほどの話だ。一瞬桂の意図を測ろうと土方が躊躇した瞬間、その桂が吹き飛んだ。


「ヅラァァァ――!目付きはともかく、テメーにだけは頭悪いとか言われたくねェェ!しかも天パ言うな!」


いつのまにか戻っていた銀時が容赦なく背中にとび蹴りを食らわせたのだ。完全に不意打ちを食らった桂は軽く空中に浮き、べちゃっと嫌な音を立ててちゃぶ台の上に落下して顔を打った。
さすがに心配になった土方だったが、彼が声をかけるより桂が立ち上がる方が先立った。

「何をする!銀時!そうやって蹴り飛ばすしか脳がないからお前の髪はくるくるに捻じ曲がっているのだ。俺のように日々心身を鍛えていれば、くるくるもまたストレートだ」
「もう髪とお別れしてヅラのヅラさんに言われたくないですー。大人な銀時様は相手にしませんー」
「ヅラではない桂だといつもいつも言っているだろうがァァァ――!!」
わずかの隙に喧嘩できるのは子どもの特技だ、と土方は心中溜息をつき仲裁のために立ち上がった。その時、丁度背後からもう一人の声が割り込んできた。

「げっ!ヅ、ヅラ!」
いつのまにか割れ物を片付け取っ組み合いを始めようとしていた銀時と桂が、同時に振り向いた。
もちろんその先にいる声の主は高杉だ。
「桂だ。今日は早いな、高杉」
「客が来てて早く解放されたんだよ。というか、お前まさか料理的なものを作ってるんじゃ」
高杉は先ほど銀時が言った台詞と寸分変わらぬことを言った。桂が自慢げに鍋を指差す。そして若干二名にとっては死の宣告を下す。「自信作だ」。

「………銀時」
高杉が引き攣った笑みで銀時を睨む。さすがに笑顔が怖かったのか、銀時も焦った声を出す。
「ちょ、俺悪くねえ!ヅラの奴が思ったより早く帰ってきてたんだよ!」
必死の言い訳を、高杉は容赦なく切り捨てる。
「お前、責任取れよ」
「俺達友達だろ、高杉君……!」
「喧嘩しなくてもたっぷり作ったから大丈夫だぞ。いつも思うのだが、いくら俺の料理が上手すぎるからといって、どちらが多く食べるかで喧嘩をするのは銀時と高杉の悪い癖だ。みっともないぞ」
「「お前はいい加減に空気読め」」



味がない。土方は信じられない思いで、もう一度箸を付けた。
隣の二人が脂汗をたらしながら食事を詰め込んでいる。銀時は全身でまずいと訴えているし、高杉などは一口食べるごとに茶で飲み込んでいる。それほどにまずい料理なのだろう。肉と白菜を同時に食し、汁をすする。やはり味は全く感じられず、食材は一様に綿を噛んでいる様な食感だ。

「ひ、土方さん……アンタ、ヅラの料理が平気なのか?」
茶のお代わりを注ぎながら高杉がこっそり耳打ちしてきた。「ヅラの料理のまずさは有名なんだよ。かといって、作ってもらった物を残すなって先生に言われてるし……」
その高杉を押しのけ、桂が会話に割り込む。
「どうです、土方さん、おいしいでしょう!江戸の料理を食しながら、是非このおいしさを皆にも食べてもらいたくて考案したんですが」
「口頭で説明してくれるだけでよかったよ、ヅラ君」
「桂だ。銀時、追加をよそってやろう」
「すいませんでしたァァ!俺が悪かったから、そういう意地悪はァァって、謝ってるだろうがァァァ―――!!」

豆腐を口に含んでも、もはや熱さすら感じない。
恐ろしい危機感が土方を襲った。昨日まで敵であった高杉と桂の幼少期が、銀時の冷たさが当たり前のように浸透していく。味覚と熱の感覚を失いながら。


―――俺は、やはり死んだのか?




◆ ◇ ◆




高杉捕縛の一報を聞き、幕府の役人と共に護送車を引き連れて現場に到着した山南は、あまりの凄惨さに息を呑んだ。沖田を先鋒に出した以上、長屋の全壊は予想の範疇だったが、辺りは煙の匂いとむせ返るような血臭に満ちている。ここ最近覚えがないほどの惨状だった。

「山南さん!局長は!?」
「今、呼び出しを受けて登城中だよ。それで一体何がどうなったんだい!」
山南に駆け寄ってきた山崎は隊服をぐっしょりと血に濡らし、額も切れていた。背中は肩口から中央にかけて真っ直ぐに斬られており、ほんの一瞬身を前に倒すのが遅れたら致命傷になったほどの容赦ない傷だ。
「……山南さん、すみません、桂を取り逃がしました…っ。高杉は沖田さんが確保しています」
「それは分かった!被害は?」
そう聞いた山南だが、辺りに座り込んだり倒れている負傷者の数が一隊にも登るだろうことは見て取っていた。
「三番隊と監察のほとんどが重症を負っています。天井裏に沖田さんが砲撃したところ、高杉のみが墜落し負傷。桂は天井裏に残ったようで、俺が追撃をかけました。一旦外に出て三番隊に外に通じる大穴付近の守備を頼み、恐らく他の部隊には建物周辺と背後の遊郭を押さえるよう指示が飛んだはずです」
「連絡を受けた遊撃隊全体で、背後の遊郭の全てを強権捜索したが、何も出てきていない」
「俺は桂に背を斬られ、潜んでいた他の監察も倒されてしまったようで……」
「狭い場所でもこの刀捌きか。桂は……」
「桂はそのまま外に出て三番隊の囲みを抜き、血の跡もなく遊郭方面に消えたそうです。その後、各路地で作戦通り捕縛が試みられましたが、いずれも失敗」

つまり桂は山崎を不意打ちで倒した後は、立ち上がることも出来ない屋根裏で立ち回り、その後に三番隊の囲みを無傷で抜いたことになる。山崎の傷は下手をすると命に関わるほどの深さだったが、三番隊は混戦の中ほぼ足だけを斬られている。
いくら隊長が不在とはいえ、あの数を振り切ってくるとは思わなかったというのが山南の本音だ。

「とにかく山崎君はすぐ病院だ。もう救急車が来る」
「すみません……大丈夫と言いたいんですが、」
足が震えて力が入らず、ついに崩れ落ちた山崎を受け止め、山南は叫んだ。
「もう桂はいない!高杉の方は一番隊にまかせ、他の者は総出で負傷者の搬送だ!」

「一番隊の方も回してもらって平気でさァ」
山南は、後ろから割り込んだ声には驚かない。大手柄を立てた沖田を労うために振り返り、絶句した。

―――もう、高杉は動けねェですから」

高杉の髪を鷲掴み、動かない身体を引き摺ってきた沖田の笑みがあまりにも荒んでいたからだ。
「心配しなくても殺しちゃいませんぜ。左肩を斬って、右腕を折って、気絶させただけでさ」
ここまですれば柔い役人さんたちでも抑えられるでしょ?と沖田は少しのちゃめっけを含めて首をかしげた。山南は、最大の自制心と精神力を動員し、あまりの凄惨さに足を止めてしまっていた護送車を手で呼び、ずり落ちかけていた山崎の腕を今一度肩にかけた。

「……お、沖田さ、ん……」
搾り出された山崎の声は、掠れて震えていた。彼の顔色が蒼白に変わりつつあるのは、出血のせいだけではない。
動けない山崎の前に沖田が腰を屈め、視線を合わせる。その視線がいつもより少しだけ優しい色合いで、山崎は自分の背筋が凍りついたのを確かに感じた。

(アンタは、どこに行こうとしているんだ)

だが、その言葉を口にする体力も度胸も彼にはない。
(口に出してしまったら、恐らくかけがえのない何かを永遠に失うのだ)

「山崎、オメー派手にやられたなぁ」
「……すいません、桂を」
「いいって。よくやったよ。とりあえずお前は土方さんの隣で仲良く療養しな。―――ほら、救急車きたぜ」

凄惨な優しさを見たことがある。それは、まさしく人の皮を被った鬼たちが一様に持ち続ける慈愛。


一刻も早く、この事件を片付けなければならないと山崎は思った。
高杉を幕府に引渡し、逃亡した桂を捕らえ、あの二人を鬼籍に追いやらなくてはならない。
奴らの影響力は強すぎる。沖田が、真撰組が、変えられてしまう。

「その病室には、桂の首をちゃんと届けるから」

そんなものいらない。そう叫びたかったが、掠れた声すら出なかった。叫んで縋りたいのに、喉が動かない。沖田さん、沖田さん、沖田さん。そう叫ぶ無力な声の下にある更なる声。山崎がその声を認知することはなかったかもしれない。虫の知らせと片付けられてしまったかもしれない。



―――早くしなければ、鬼が増える。



山崎はそのまま気を失った。




◆ ◇ ◆




怪我人が全て搬送された後、高杉は二重に手錠と足枷をかけられ、護送車に押し込まれた。彼は意識を失ったままだった。護送車を率いた役人は三家老の印を携えた書面を盾に、真撰組の一切の同行を拒絶した。近藤は抗議したが、最終的には目的地の前まで護送車の周りをパトカーで護衛するに留まった。護送車はそのまま奉行所に吸い込まれ、真撰組は解散。真撰組・見廻組を総動員した包囲網をくぐりぬけ行方をくらました桂の捜索に戻る。

だが、そのわずか半刻後。護送車は再び裏口から夜の闇の中に消えた。時、まさに子の刻。

そして、闇が薄らぎ早朝。万事屋に幕府の車が横付けされ、銀色の髪が中に消えた。





◆ ◇ ◆





坂田銀時は不機嫌さを隠そうともせず、後部座席に収まっていた。銀時を迎えにきた車には、予想通り薄っぺらい笑みを貼り付けた役人が3人乗っていた。随分その嫌悪は薄まってきたと思っていたが、やはり役人という人種は大嫌いだ。青い空。慇懃無礼で粘ついた声で読まれた命令書。俺達の先生を、だれよりも綺麗な魂だった先生を跪かせた存在。じくりと心臓が膿んだ気がした。

役人に挟まれてドライブという不快な状況から逃げようと、車窓の外はそろそろ朝焼けが最も美しい頃合かと現実逃避する。不本意ながら珍しく早い時間に起きていたのだから拝みたかったのだが、両目を封じられたこの状態ではそれも叶わない。
「こんな鳥しか起きてねーような時間にお役人様も大変ですね。出来れば駄目な生活をしてるプーに合わせて昼くらいがよかったんですけどね」
横柄に足を組み、欠伸をしながら銀時が言った言葉は軽い響きではあったが、まさしく嘲弄だった。
「すみませんね。でも、早起きは三文の得といいますが、それ以上の――いえ、貴方にとっては無二の報酬をお約束しますよ」
しかし、あっさりとかわされる。視界を塞がれているため、顔を見なくていいのはよかったが、声だけは更に気持ちが悪い。

急に仕事が入った旨を書置きし、車に黙って乗り込んだ銀時の腰に木刀はない。やんわりとだが断固と丸腰を命じられたのだ。素直に聞くのも馬鹿馬鹿しいが、廃刀令のご時勢だ。自分だけならともかく万事屋に危害を加えられてはたまらない。
素直に目隠しにも甘んじ、銀時は神経を尖らす。会話をしながらも、全神経を"別のことに"集中し続ける。

「着きました。目隠しを外していただいて結構です」
半刻程して、車が止まった。ようやく視界を取り戻した銀時は、目の前に広がる光景の陰惨さに思わず眉をひそめる。
「どうぞ」

そう促されたその先。地中に埋め込まれた古びた鉄階段が、更なる闇にのめりこむ様にして待ち構えていた。ろくな場所ではないとわかっていたが、黒々とわだかまる闇のどろつきが地上に湧き出ている様は軽い吐き気すら覚える。
銀時を挟むようにして役人達が階段を下りだす。背後の役人が鯉口を切るのを心中で嘲笑い、銀時は少し足を速める。

一段降りるほどに、闇の粘つきが手足に、喉に絡みつく気がする。間違いなく真っ当なことに使われていないであろう施設特有の腐臭が鼻に付く。血と脂と炎を混ぜた戦場の臭いよりそれは更に酷い。血煙を踏み台にして、欲望の塊を塗りたくる―――それは、膿だ。
(……やってらんねぇな)
こいつらの依頼など、あの一言と家族がいなければ絶対に受けたりしなかった。
馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。その感情の波長が常になってしまった奴らが、世界を消し去ろうとするというのに。

(では、お前は、)
「仕事内容は、ある男の説得です」

過去の声に現在の忌まわしい声が重なった。階段はいつのまにか終わり、目の前には赤く錆びれた鉄の扉。
―――こんなところに呼び出したっつーことは、尋問でしょう」
「そう捉えてもらって結構です」
「アンタらのお家芸でしょうが。拷問・尋問の類くらいなもんでしょ、幕府の得意分野といえば」
「それは人聞きの悪い。貴方にしか、できないのです」

その言葉を皮切りに、三重の扉がゆっくりと開いた。

扉の下に、徐々に人の足が映る。空中に吊り下げられた男の足元には、少なくない血溜まり。
嫌な予感がした。見るな、と思った。


だが、それ以上に見なければならないと思った。


無残に吊り下げられた男。蝶をあしらった着物のほとんどが血で汚れ、特にどす黒く染まった両腕は、それぞれ鉄の枷で壁に繋ぎとめられている。肩口に一つ、肘に一つ、手首に一つ。―――磔の男。

銀時はなんとか悲鳴を飲み込んだ。だが、その男の方がすぐに銀時に反応して叫んだ。



「銀時!!なんで、なんでテメェ、来やがった……!!!!」



搾り出した高杉の声は恐怖に溢れ、表情も恐ろしいほど歪んでいた。
こんなに怯える高杉の顔を見るのは、先生の最期以来かもしれないと、麻痺した頭で思った。