どうして、どうして、自分の眼の届く範囲には死んでも生き方を変えられない、どうしようもない奴らしかいないのだろう。大切な奴らであれ、敵であれ、触れることが敵わない男であれ。(その中に少しでもそれが混ざっていたならば、少しは救われたのか)嗚呼、何故。 響いた叩きつける音に少し遅れ、寄りかかった壁からその衝撃が体内を駆け巡った。 反射的に駆け回る足音。違和感を感じる怒鳴り声の会話。その間隙を逃すことなく、剣が折れるんじゃなかろうかと思えるほど乱雑な波紋が広がる。 それでも、あの二つの剣は折れないのだとも思った。本物の殺気がある。相手を倒そうとしている。 道場式が根底には流れているが、戦場の香りにかき消された剣筋で、相手を斬ろうとしている。 配分も、戦略もない。あるのは抉りあう言葉、いかに効率よく相手を傷つけるか、だけ。それでも。 空が青い。もっと青くならないと、鬼二人に世界の一端を塗りつぶされるというのに。 それでも、彼らは相手を敵と断定しない。慈しみあいながら、抉りあう。 ―――だから、剣は、折れない。 舞うような剣捌き、そう彼が称されたのは随分昔の話だ。 肩口を狙った乱暴な突きを、上半身を捻って交わしながら思った。追撃の予感に背を押され、剣を構えなおす。殺されない足音が、自分を叩き斬ろうと追いかけてくる。 「なーにが、妖艶だよ……。バカ杉の剣捌きなんて、乱暴なだけじゃねえか」 「だけとは聞き捨てならねーなァ。道場仕込みだから、質はいいんだよ」 「俺も同じ所行ってたけどな」 「お前はからきし駄目だったじゃねえか」 俺は、いちいち線が決まってたり、何処を突いちゃなんねえだのルールがあんのは苦手なんだよ。そう言おうとして、これじゃ、高杉の思い通りだと思ってやめる。余計な事には、頭の回る忌々しい男。うぜえ。 振り下ろした剣を数合交える。剣戟は絶えない。今、双方が間を取るか、駆けていて剣が合わさらない間には過去の剣戟の音が響いている。 道場の床を擦る、丁寧な足運び。ダン、と小気味いい音と一本の宣告。あれほど風を切る試合を道場で出来たのは、ヅラと辰馬だけだから、どっちかだろう。大体、高杉だって、俺といい勝負に出来なかったくせに。 「銀時ィ」 「なんだよ……っと!」 足払いを避けて、腹狙いの蹴りを出す。お、ちょっと高杉慌てたんじゃね? 「……危ねェな」 「ちょっとくらい足が長いので、いい気になります」 うりうり。見せ付けてやると、高杉が手首を一閃。今度は俺がマヌケに飛びのく。いつもの着流しがまた少し切れた。そこに染みている色を見て、ようやく大分斬られてると思った。 「お前、なんで木刀使わねェ?白夜叉様が使うんなら、俺の細首くらい軽いだろォ?」 「いやいや、そりゃ無茶でしょ。斬れるけどね、お前みたいな、俺が殺そうとして剣を振るっても、平気で軽口を叩く野郎の首は無理だぜ」 「―――銀時ィ」 何、こいつニヤニヤ笑ってんの。別に高杉を庇ってるわけじゃねえし(でも、死なないって分かってるから剣を振るうのかもしれない、うわ認めたくねえ。殺すのか?やっちゃう?)。 俺だって、なんとなーく嫌な予感がする日以外は、真剣持って出歩いたりしねえ。 「お前、……気づいてないのか」 奴の赤い口腔が覗く。くらりとした。何処までも赤く、白に散らしたそれのように、澱みがないように見える。実際には、俺が斬り付けた傷から散った血液に過ぎないのだが。 高杉は嬉しそうに笑ってるけど、着物が血で重くなってる。動きが鈍くなってやがる。 一気に間合いを駆ける。この汚れた世に生きる誰かが、吐き捨てた痰を蹂躙。流れ落ちた血が混ざる。見極められるほどに見慣れた俺の血と高杉の血が融合していく、その合間を踏み破る。冗談じゃねえ。 「なめんなよ、高杉。動き、鈍ってやがるくせに」 乱れ波紋の夢の味。薄紅色に光った気がした。いや、でもそれは、まだついてもいないネオンが先取りして光を送ってよこしただけだ。 大きく狩る。俺は殺す気で斬らない。 (一人になるのは怖かった) 飛びのいた高杉の合わせをするりと切り裂き、肉に届いた感触が伝わる。 血だけがやたら出るかすり傷ではなく、肉を抉っていく酷く現実感のある、そして懐かしい…… 一層の血の匂い、高杉はうめきながら嗤う。倒錯的な、それは、誘いのような。 「………鋭くなったのは、てめえだよ、銀時」 戦ってるうちにな。 なァ、逃げられんのかよ。 うっせえな。お前の知ってる通りだよ、バカ杉。そう続けた高杉を容赦なく蹴飛ばしたら、意外によく飛んで沖田君が隠れている路地の横の壁にまで激突して、動かなくなった。言うだけ言って気絶しやがった。ヅラはヅラで、俺に情けをかける。高杉も変わりゃしない。なんでこいつらが友達なんだ、俺。 せめて、そのときの顔が苦痛に歪んでいればいいと思って、高杉を引き摺り上げた。 ぐっしょりと濡れた着物が重い。こっちまで斬られた所が侵食されていく、甘い感覚を味わう羽目になる。最悪、死んでしまえ。でも。 本当は、高杉は俺に一片の傷もつけたくないのかもしれない。それが、あの馬鹿にとっての白夜叉定義。でもさぁ、本当は、俺も同じくらい傷ついて欲しいよ。誰にとは言わないけれど。 空が青い。赤くなったほうが世界は綺麗に見えると思う。 「旦那。高杉の野郎を連れて帰るのが面倒なら、真選組が預かりますぜ」 彼は振り向かない。二本、紅の川を描きながら、去っていく。当たり前のように高杉を持っていく。 「………君も、常識学んだほうがいいよ。鬼に会ったらザッキーみたいに、ちゃんと逃げなきゃ」 「足がすくんで動かないんでさァ。俺も運が悪い。―――こんなシーンは土方さんの担当なんです」 「そう、けろっと言い返すのがおかしいの」 「旦那」 「なーに」 「もし土方さんがこれを見て、斬りかかって来たら、斬りますかィ?」 ああ、知らぬは本人ばかりなり。どうしようもない、戻れない。 振り向いた旦那の夜叉の顔。俺の知らない戦場の香りがする。嗤う、鬼。 さっきの高杉にも、前、土方さんを痛めつけやがった時の桂にも似ている。 き り た い 。 だが、それ以上に、彼はこちらにいなければならないとも思う。 「俺が土方に本気になると思うの」 「なりたくないだけのくせに」 「……」 「俺らはともかく、万事屋はアンタの逃げ場じゃねぇですぜ。チャイナも眼鏡も、アンタがいなきゃ」 「駄目なわけねーだろ。誰かがいなきゃ生きていけない奴なんて、いねえよ」 (とっくに俺達は全滅だ) 「……チャイナが泣くんですがねィ」 「お前が泣きやませろよ、少年」 「そんな資格はねぇ、みたいに言わないでくだせェ。旦那は、逃げてらァ。おっと、それもアンタが考えている奴じゃねえ。もう一つ、逃げてるのを知らない」 舌打ち。 さっきまでは、足が動かないってのは冗談だった。今は本当に動かない。 「俺を斬りますかィ」 こんなろくでなしでも、一応死ねば誰かが泣くだろうと思ったが、遠い遠い話のようで、既に旦那に話し掛けたところで失ってしまっていたようで、どうでもいいと思った。斬られても、どうでも。 不意に思った。旦那はそういう俺みたいな奴を解放してやるほど優しくないのだと。 「それこそ、うちに台風が吹き荒れるから嫌です」 夜叉は這う。これから、桂の家に行くのだと思った。そして、しばらくは万事屋には帰らず、あの二人が心配して屯所にまで探しに来た時に、ぶらりと帰宅するのだろうとも。 そうして、隠そうとするのが逃げてるんです。 大切ならば、生き方くらい変えてくだせえよ。結局アンタは、あいつらを鬼には出来ないんですから。 Can you escape ? 神経の図太い沖田と傷の抉りあい銀高。 高杉は桂とは違った方法で、絶対銀さんを逃がさないって決めてる。 |