遺  書




拝啓 坂田銀時殿、桂小太郎殿、坂本辰馬殿

数時間後に会うことは知っているが、とりあえず挨拶なんぞしてみた。
お前らの名前に「殿」とかつけるのはこれ以上ないくらい気持ち悪ィが、手紙としての拍はつくだろうと思ってな。先ほど万斉が言っていたことなわけだが、意外に風情がありそうだ。

今俺は例の家で、最高級の紙を敷きこれを書いている。硯の横には装束も鉢巻も両刀も置いてある。窓際には万斉がごろりと横になっているが、奴は既に全身を黒一色に統一し、赤襷の姿。鬼兵隊は全員袴も具足も鉢巻も黒に統一し、襷のみが赤色だ。白夜叉と並べば対照になっていいだろうよ。

身体に障るからと日頃は締め切られた屋敷だが、やはり出陣前ってのはいい、誰かが閉め忘れた窓から久しぶりに外を見た。
その小さな隙間は寒椿一輪が埋めている。どうやら、雪がちらつき始めたようだ。土が白い。
思い出すじゃねェか。二つのことを。敗戦の年の大雪と、桂の家の嘘の結晶を。


ヅラの家にはあの訃報の日以来行ってねえが、湯飲みはまだあるんだろうな。当初露店で買った時は、いわゆるその場のノリという奴で、たいした意味もなく適当に手に取ったものだが、なかなかどうして人生馬鹿には出来ねェじゃねえか。

なあ銀時よ、お前はからっきし絵心がねぇガキだったな。
どういう成り行きだったのか、塾生皆で似顔絵を描いたことがあった。入江が本気で怒ったのはあれが最初だったんだぜ、覚えてるか。どんなテメーでも、そこいらの徒弟が内職代わりに描いた絵柄よりはましなほどに、絵柄を写した。俺も、辰馬も、桂も、皆病的に。

嗚呼、こんな長ったらしい手紙を書くのも悪くねぇ。愉快な気分になってきやがった。
俺達は常に過去から逃げるか、過去に縛られたまま生きるかの選択に迫られてきた。俺と桂は過去を負い、逃げ続ける銀時を追った。俺達がまあ帰ってくるだろうと見越していた辰馬は逃亡側と追跡側の掛け橋を勤めた。
バカらしかったな、必死こいて斬り合って、怒鳴りあって、泣き喚いて、嘲笑いあって。

テメーらがどうかは知りたくもねぇが、俺は少なくとも楽しんではいたぜ。
末路に辿り着いた時、もはや空虚に消えたりしない呪縛が形成されていく過程をな。
もう手から何かの絆が滑り落ちるのは飽きた。まだ手に食い込み、血が流れている方がましなのさ。



因果の糸は黒色をしていると思う。
小指に引っかかってるなんて可愛らしい状態ではなく、十本の指に執拗に絡みつき、手首から這い上がる黒い糸だと。

世の中に運命――んなものがあるとすれば――仮定が多くなってるっつーことは俺もそろそろ危ねえな――を覆す奴はいるだろう。だが、どう足掻こうとも因果だけは消えやしねえ。俺達はそんなこともわからなかった時期が長すぎた。

思考の読めない友に出会う、不意に去りゆく先生を追う、女を口説く、人を斬る。最初は不可視の細い糸。次第に太く、枝分かれ、首締めが始まる。因果なんぞに縛られまいと言い聞かせ、常に束縛の中にいながら解放されたと納得させて、四人背を向け合った。
道は空間的にすら分かたれていたが、俺達が持つ空間自体が酷く歪みきっていたからだろうなァ、最終地点でバッタリ顔合わせという始末。

運命の糸はもしかしたら赤いというのかもしれない。
こちらこそでは、完全に違う次元にそれぞれの末路があるのだろうが。



来島が薬を持ってきた。テメーらの驚く姿が眼に浮かぶ。
これァ、万斉が地味に幾多の惑星を廻って入手したこの病の特効薬だ。天人製だというのが、微妙な所だがな。
来島が泣いている。何故と聞いても答えは返るまい。先生を、故郷を、友を確かに奪った天人の薬で、そしてどこかで幕府の流れに触れた薬で身体を癒すのを不幸だと思うのだろう。
感傷的で、泥臭い人の心情。そんなお前らが嫌いじゃねえ。忘れるなよ、言わないがな。

なあ桂よ、テメーに幾度も言われた酒も煙草も薄着も全部止めたぜ。
あんまり身体にがたが来ている状態で口にすると、内部破壊が起きる難儀な物らしくてな。おかげですっかり憑き物が落ちたようだ。

この薬を腹に入れ、黒装束を纏ったら久方ぶりに軍師の仕事だ。この戦の期間だけの健康を買う代償は高いが、もう今までの人生で十分にそれ以上のものを捨ててきたから心配は無い。

思い出す。敗戦後、俺達を切り捨てた幕府と俺達の国にむしゃぶりついた異邦人達が流す米を食って生き長らえたことを。

腹を切ることは論外だった。俺が許さないし、何より俺の中を生きる先生が許さなかった。
矛盾した事に、それでも食うまいと思った。
今度は死んでいった仲間達が許さないだろうと思った。馬鹿馬鹿しいほどの悪運で生き残った物だから、そんな無茶をやらかしても生きていけそうな気がしたのかもしれない。
気がついたら食っていた。
どうやって手にしたのかも思い出せないそれは、情けないが泣けるほどうまかった。

嗚呼、大分身体が楽になってきた。
気難しい顔で作戦会議をしているであろう桂のところへ行ってやろう。
銀時もそこにいるのだろう?だが、白夜叉の出番はまだ先だぜ。とっととガキどもを生かしてやれよ。

なあ辰馬。お前も俺と一緒で、後続組だよな。
広い宇宙のどこかで状況を見続けている。痛いな、お前は。なにより痛くて辛い、テメーにしか出来なかった役割を馬鹿三人が押し付けて悪かったな。
深謀のち奇計。俺達は昔から喧嘩好きだったが、もはや喧嘩ですらない。只の戦だ。


鬼兵隊が揃った。頭上から落ちてきそうな空が見えるぜ。
昔、守ろうと喚いたあらゆるものは萩の空に返して、残り屑だけを抱く出陣は気楽だな。
正しさなど無い、鬼でしかない。
この世を破壊するなら、この世の誰に罵られようとも、誰に斬られようとも構わない。




先生。

先生。



今こそ、出陣の時です。



この遺書は部屋の畳に埋めおく。思いつきの文ゆえ、差出人はお前らでは通らないかもしれないが、幸か不幸か人生の大半を侵食し合い、共に堕落する友へ向けて。  鬼兵隊総督 高杉晋助