忍足侑士と上手く付き合う方法(向日編) 頭がぼんやりする。 向日は視界の中で動き回るテニス部員達が、次第に羊に見え始めていた。 「……徹ゲーなんてやるんじゃなかったぜ」 彼の目は完全に"使いすぎ"を訴え、痛む。しかも間の悪い事は続くもので、部内連絡用ホワイトボードには"外周二十週"の文字があった。 テニス部で「連座制」が考案されたのは一昨日の話である。無論、跡部の気まぐれであるのだが文字通りそれは「一蓮托生制」―――外周など、タイムが関わる練習の際跡部が適当に決めたペアと連座を組む(さすがに学年は分けてある) 片方でも規定のタイムに届かなかった場合は連帯責任として相方も、追加メニューが下されるというある意味非人道的な制度ではある。 向日の本日の相方は、よりにもよって忍足侑士だった。はっきり言って、今日の体調では跡部が下すタイムに届くとは到底思えない。ダブルスパートナーでもある忍足は、他人のミスに自分が巻き込まれる事を極度に嫌う癖がある(もっとも、世話焼きでもあるので、境界線は曖昧) しかし、徹夜でゲームの挙句外周を走れなかったと言うのは彼を怒らすには十分すぎた。 「がっくんー、おはよーさん」 「……おはよ」 その時、後方から懸念のその人、忍足がにこやかに追いついてきた。 まだ覚醒を保つ意識を総動員し、なんとか返事を返す。そのまま忍足が始めた無駄話を聞きながら、向日は必死に思考していた。 (―――どうやって、侑士のペースも遅らせるか) 遅れた原因を相方にも分散させてしまおう。彼の心は決まった。連座制ならば、両方に責任があれば袋叩きにはならない。跡部の開始の合図が響いたと同時に緩やかに二人は走り出す。 見飽きた風景がコマ送りのように通り過ぎる。向日の目には部員たちの姿が、止まっては動く動画のように見え始めていた。 「どないしたん?いつもは五月蝿いくらいやのに、やけに静かで不気味や」 「うるせー。実は昨日、夜中に甲子園のハイライトあったじゃん?」 活発とはいえない脳をフル活動させた言い訳である。 忍足は夏の高校野球が始まってからというもの、毎日前日に行われた試合の感想を身振り手振りを交えて語り、皆から煙たがられていた。 おそらく、誰かと話したくてうずうずしているはずだ。 「岳人も見たんか!?」 「おう。やっぱ、夏は野球だろ。青春だよな!」 本音は、五月蝿がる周りと同じなのだがそれをおくびにも出さない。 「さすが俺のパートナーや!この感動を、特に決勝なんてついつい見に行くくらいの白熱!」 「………あの日、休みだと思ったらサボリかよ!」 「青春の甲子園を見に行くのの、何処がサボりや!まず、先制点から………」 「あー、すごかったよな!」 ………… ………………… ………………………… 外周後 「……テメェら、正レギュのくせにタイムをオーバーしたばかりか最後は歩いてくるなんていい度胸じゃねーの?」 向日の内心ガッツポーズは跡部にばれなかった。 隣では、今学期一度も罰ゲームに引っかかっていなかった男が不覚というように項垂れている。 「侑士が無駄話ばっかりするからだぜ」 「………すまん」 「ま、いいってことよ!俺たちダブルスパートナーじゃん。一緒に正座してやるよ」 罰ゲームは灼熱のコートでの正座である。 その上横では、鳳がサーブを練習していると言う最悪のシチュエーションだが、腐っても正レギュラー。毎日共に練習に励めばおのずとコースは見えてくる。 言わずもがな、寝不足向日には、只座っているだけの正座の方がいいに決まっている。 「ほら、侑士。行くぞ」 暖かい友情に感謝する忍足を見ながら、向日は心の中で静かに詫びる。 (―――ごめん、俺、超、利用してる) 本来走れなかった距離を咎められずに、正座にすりかえた彼を跡部の呆れた表情が見ていた。 都合が悪い時、話題転換をして忍足を誤魔化すには、「野球」か「ラブロマンス」がよい。 (忍足さんバカ。がっくんは具合の悪い時、策士だと思う) |