忍足侑士と上手く付き合う方法(跡部編) 「なーなー、跡部」 「………あぁ?」 休み時間になり、跡部が文庫本を開いた瞬間、とりあえず問答無用で殴りたくなるような声が後ろから降りかかった。長年の経験上、忍足が「なーなー」から始める話は無駄話である。 活字から目を離すことなく、適当に答えを返すが目の前の人物はさして気にした様子もない。 「んだよ。耳元でわめかなければ、一応聞いてやる」 「冷たいわー。せっかく、為になる話をしたろうと思っとるのに」 「御託はいい」 全身から「邪魔だ、貴様」というオーラを放つ跡部を無視し、忍足は跡部の前の席に座る。全くもって無意味にメガネをあげると、ゆっくりと口を開いた。 (………そもそも、コイツの"為になる話"がためになったことなんてねーんだよな) 只一人、無駄話兼どうでもいい話の王者と同じクラスになってしまった跡部は、心の中で溜息をつく。隣のクラスから聞きなれた馬鹿声が響き、彼になお自分の災難を自覚させる。 「ミルクティーってあるやん?」 「ああ、あるな」 こうなったら、適当に相槌を打ちながら少しでも多くの文字を自分の頭に入れる事だ。 「………あれって、毎日弁当の時にペットボトルで買おうとしたらなかなかの金になるやんか。120円でも、ちりも積もれば何とやらって言うし」 (バーカ、俺様にとってはそんなもん塵にもなんねー) 長年の腐れ縁より、ここで正直に言えば余計な論争になるのがわかりきっているため、跡部は何とか喉までせり上がった言葉を押さえつけ続きを促した。 「ところがや!」 無意識であろう、拳を堅く握る氷帝の天才は跡部をげんなりした気分に落とす。 「普通の500mlのペットボトルの底に数センチくらいめっちゃ濃く入れた紅茶を入れて、凍らす。次に、朝学校に行く前に牛乳入れて、学校で振れば立派なミルクティーが出来るって寸法や!」 「…………」 「どや、すごいやろ?毎日のドリンク代大幅節約の上、ミルクティーも飲める!」 ずい、と迫ってくる忍足のメガネが光り、跡部は遠慮なく冷酷な決断を下した。二度目は無理だったためだ。 「バーカ。黙って聞いてれば、この俺様にミスクティー如きをケチる方法だと?んなもん、買えばいいだろーが、買えば。氷帝の天才を貧乏人に変えられたくなければ、黙りやがれ」 冷静に成り行きを見守っていた、跡部の両隣の生徒が席を外した。ちなみに本礼が鳴り響いているのだが、一気にどす黒いオーラを爆発させた二人の耳に入っているとは思えない。 「……何やと?………これだから、金のありがたみをわかってないガキはいやなんや!」 「アァ?誰がガキだと?そもそも、俺だって金は大切だと思ってるぜ」 「別に、嘘言わんでもええよ」 「テメェ如きにつく嘘がもったいねーよ。この貧乏人!!どうせなら、映画代でも回せ、バーカ」 「―――もう一回、言ってもらおか?」 ガタンと音を立て、二人がほぼ同時に立ち上がった。地の底を這うような忍足の声には、限界まで尊大に見せるような跡部の声が呼応する。 「何度でも言ってやる。そんなセコい方法考えてる暇があれば、その悪い頭なんとかしろ。その顔でラブロマンスなんて似合わねーんだよ。それとも、野球か?」 跡部の最終通告が合図だった。 彼らの授業無視の喧嘩は、その後、二人して退場の合図を食らうまで続き教室の一角が無残に被害を被った。その上、その日の部活では氷帝の帝王と氷帝の天才がそろって機嫌が悪かった事から、哀れな同級生達が更に大変な目にあったということだ。 忍足の生活の知恵は適当に流す事。間違っても、"貧乏くさい"と非難してはいけない。 (跡部は、この件に関しては一番上手く付き合えてない人。どうでもいいことで迷惑喧嘩) |