忍足侑士と上手く付き合う方法(日吉編) 中三になって、やたらと勉強が難しくなったと日吉は思う。 氷帝では、進学校としての面子から一年間の先取り学習が組まれており、中三となった彼らには容赦なく高校の上業内容が襲い掛かっていた。 そもそも、生活の大半をテニスにつぎ込んでいる身で、勉学まで完全にこなせるわけがない。日吉はテニス部三年の中では一、二を争うほど真面目な生活態度を維持しているが去年の部長や天才といった奴らのように、軽く勉強するだけでトップ争いを出来るわけではなかった。 去年宍戸や向日、芥川といったメンバーが絶叫していたのも今となってはさもありなんである。 「中等部三年の日吉若です。―――忍足先輩に面会したいのですが」 礼儀正しく、高校の寮で面会の許可を求め承諾を受けた日吉の手には、無造作に紙袋が一つ。 全寮制とはいえ、中学生が先輩を訪ねる事もままある環境ゆえ、こういうこともできる。一、二度よくわからない宴会で引っ張り込まれただけの部屋だが、迷う事はなかった。 一息はいてから、チャイムを鳴らす。今日はたとえ、テニス以外ではひとかけらも尊敬していない先輩(むしろ馬鹿の類だと思っている)が相手でも引き下がるわけにはいかない。 日吉は、忍足に去年の問題を借りに来たのである。 去年の三年のなかで、問題を保持していそうなのは、忍足と滝のみだ。日吉にとっては不幸な事に、滝は希望制の語学研修に出かけてしまっており、残るはうさんくさい先輩一人と言う事になった。 勉強にテニスを妨害させてなるものか、という決意と共に日吉は扉が開くのを待つ。 「……なんや、日吉か。言っとくが、俺は無駄話の暇はあらへん」 「そんなんじゃありません」 日吉はなんとか、いつも無駄話しかしない貴様に言われたくないというツッコミを飲み込んだ。前回のテストの際、忍足不機嫌攻撃に敗北した鳳のアドバイス通りだった。 中学の時は勉強に全く関心を示さなかった忍足だが、関西に戻れという両親の説得を"奨学金"で跳ね除けたために、成績を落とすわけにはいかなくなった。それから、テスト前はこのように不機嫌を隠さなくなるらしい。 現にルームメイトはさっさと自習室に逃げたようだし、ダブルスパートナーや悪友達も"触らぬ神に祟りなし"の方針通り、遠巻きに接している。それをせずに喧嘩をするのは跡部くらいなものだ。 少し上からの視線に負けないように、慎重に口を開いた。 「……これ、何故かうちの実家から大量に味噌が送られてきたんですよね。確か、先輩は朝食和食派でしたよね。それで、どうかと思って」 これまた鳳からの情報。忍足は、朝食は少しでも金を節約するため部屋で自作する事。その上、和食派……つまり料理に味噌がかかせないこと。 険悪だった空気が、一変したような気がした。氷帝一胡散臭い男が破顔したためである。 日吉の肩を無理やり揺さぶりながら笑顔になった忍足が言う。 「いやー、日吉はいい後輩やなー。俺は、果報者や!今月苦しくてな、感謝しますー。どや、試験前でも息抜きは必要。茶でも飲んでいかへんか?」 別人のように話し出した忍足を見ながら、日吉は勝利を確信した。 「いいですよ。それから、お願いなんですが……去年の化学と古典の問題を持っていたら貸して頂けませんか?」 「お安い御用や!机の上に出てるから、とってええで」 「……どうも」 いそいそとお茶の用意に台所に向かった忍足の後姿を見送ってから、日吉は首をかしげた。 どうして、探しもしないのに去年の問題が出ているのか不思議に思ったが、なにほどのものではない。 机に残っていたのは、世界史と政経、化学と古典、家庭科に音楽のみ。しかも横には、5枚セットの学食タダ券と、りんごが10個転がっている。 タダ券は3日前くらいに鳳が、賭けによって同級生から巻き上げたものだし、りんごは一昨日樺地が実家から貰ったと言ってテニス部皆で食べたものである。 残っている教科も、二人の性質を考えれば必然だった。 化学と古典を確保した時、忍足が戻ってきた。 「あ、それなー。鳳と樺地が、それぞれくれたんや。皆、今月のピンチを救ってくれる神さんや」 忍足先輩、思いっきり利用されてますよ。つーか、全部元手はタダなんですよ。と笑顔でツッコミを入れたい心を最大限の努力を持って押さえ込み「よかったですね」と日吉は言った。 (忍足さん、バカ。元二年生の常識もなかなかのものではある) |