「あ、跡部」
「……滝か」

後ろから響いたはっきり言って聞き飽きた声の一つに跡部は嫌そうに振り返った。
テストが全返却され、校舎内には呼び出しの生徒(確か忍足が世界史で、ジローが英語で呼び出しを食らっていたはずだ)が残っている。
(……余計な奴に会った)
前日に、家庭科など常識で出来ると思ったのが甘かった。
自分の高貴な常識は庶民どもには、とうてい理解されるものではなかったのである。

跡部は、ほとんど赤点などとらない教科ベスト
3には確実に入る家庭科で人生初の赤点を叩き出していた。ここまでで、十分屈辱ではあるが、まだ我慢できる。しかしそれがテニス部の馬鹿どもにばれてしまったとなると一体どういうことになるのか。
ちなみにばれてしまった原因は隣の席の少女がたまたま跡部の点数を目撃してしまい、笑顔で向日にジュース1本で売り渡してしまったのである。学園には跡部崇拝の女子も多いが、まれにはその性格の悪さが仇になってくる事もある、それが今だった。
自称全教科得意を名乗ってしまった以上、覆された場合どれだけからかわれるのかはすぐに想像出来る。宍戸や向日といった単純細胞ならば一発殴れば喧嘩になって忘れてくれるだろう。しかし忍足や滝と言った頭脳派では話は厳しい。
つまりは忍足のように買収も出来ない滝は、実は一番会いたくなかった相手だった。

「あのさ、跡部。宍戸知らない?」
「宍戸なら教室じゃねーのか?忍足達と何か食いに行くとか言ってたぜ」
言われたのは予想外の台詞だったが、跡部はそれだけで全てがわかった。
(なるほど、宍戸……化学赤点だったな)
付け焼刃で滝にしごかれていた彼の姿を思い出し、自分が教えた物理を取り化学を捨てたらしい事もわかる。どうやらあの馬鹿は一番怒らせてはいけないのが滝だということをよくわかっていないらしい。前日、大喜びで平均点以上をたたき出した物理を見せにきた時は化学(と家庭科)は返却されていなかったので、お互いに幸せだったわけだ。

「それがさ、教室に行ったらもう部活行ったよって言われて、部室に行ったらいないんだよね」
「お前の報復が怖くなって逃げたんじゃねーの?」
「そうかも、これは今日の帰り何か奢って貰わなくちゃ」
無論、滝はそれだけで済ますつもりはない。序の口だ。
ありがと、と言って彼が宍戸探しの旅に出かけようとした時は実はほっと一息ついた。
どうにか余計な事も言われず終わりそうだと思ったがそれは少し早計に過ぎた。


「そういえば、跡部。家庭科スゴイ事書いて赤点だったんだってね」
「なっ!」


開いた口がふさがらないと言うのはまさにこのことだ。
知らないと油断した時にこの一言。跡部の受けた精神的ダメージは計り知れない。
じりじりと跡部から距離を取りつつ、笑顔を崩さず滝は続けた。


「さっき校舎に入ったら、テニス部の馬鹿
2人の声が聞こえてね。すごいよ、俺昇降口にいたのに3階からバッチリだった。せっかくだから聞かせるね」


やめろ!と止める間もなく滝は走りながらつい
20分ほど前に校舎で聞こえた叫びを再現した。

                                         (氷帝/テスト考察2/跡部と滝)