「高杉。これからたくさん苦労できるぞ、よかったな?」

珍しく定時(HRは終わっていたが)にあいも変わらず騒音に溢れた教室の前に立った高杉。
時々黒板消しが仕掛けられているドア上部を確認し、ドアを開けると、何故だか不敵に微笑んだ桂に出迎えられた。

「……んだよ、ヅラァ。朝からキモい面見せんじゃねーよ……」
「キモくないヅラなんてヅラじゃないぜよ!桂になっちゃう!」
「それもそーだな」
「俺はもともと桂だァァ!!バカ本、バカ杉ィィ!!」

一言で神経を逆なでする名人高杉と、いつも何処からか沸いて出て騒ぎを大きくする坂本の失礼すぎる言い方に桂は双方の頭を叩く。後が怖いと言えば怖いが、今はもう愉快で仕方がない。なるようになれ、そんなアグレッシブな気分だった。
そして細い指を教室の一番後ろに向けて、にんまりと笑った。

「席替えをしたんだ。お前の席は、あそこ」

先ほど坂本と桂がめんどくさいめんどくさい唱えながら移動した高杉の荷物がごちゃごちゃ置かれている(片付けない辺り友情の値段が計れよう)両脇で、神楽と沖田が熾烈なバトルを開始していた。
「……マジでか」
「あぁー。なるほど!」
嫌そうに呟いたものの高杉が事態を理解していないのは明白。
その背景を知る坂本の声が教室に空しく響く。




高杉は確かにちょっと嫌な目に合った。
とりあえず、座席に座ってみたら、横合いから飛んできた定規が鼻先を掠めたのである。人に迷惑をかけるのは大歓迎な高杉。概ねこういう輩は自分に害が及ぶことにはあっさり切れたりする。

「テメェェェエエ!!沖田ァ!!なにしやがる!」
……やっぱり例に漏れなかった。
「あれ、高杉。どけよコノヤロー、俺ァ、今世紀の大バトル中なんでさァ。そこのクソチャイナとな!」
「ほーぅ、間に入ってた俺が悪いとでも言いたいみたいじゃねぇかァ。言っておくが、俺の人生において俺が悪かった事なんてねぇんだよ!」
「「「いつもじゃねーか!!」」」
安全地帯で事態を傍観していた坂本、桂、土方が一斉に叫んだ。
日頃、どちらかと言えば迷惑で嫌いな部類だと土方は思っていた奴らと声があってしまってちょっと嫌だった。
席替え後、わずか三十秒。遠いどこかでチャイムが鳴った。


「晋助ー!おんし、……おんしという馬鹿は、わしらに毎日毎週毎月毎年迷惑かけてることもわかっとらんのかー!」
「そうだそうだ!ってゆうか、貴様自体が悪い!頭が悪い!性格も悪い!目つきも悪い!頭も以下略!!」
「いい加減にその頭どこかで救って来いよ、三バカ!ってゆうか沖田死ね」
「あれ。土方君。その三馬鹿ってわしらも入っとるんか?しかも最後のは関係ないよね、私怨だよね」
「今世紀最大の侮辱だぞ!馬鹿は毛玉と駄目三白眼で充分だ!」
「よーし、ヅラ勝負ぜよ!!ほんとは晋助並に頭弱いくせにィ!方向音痴いいかげんに直せ!」


「うっせェェエエ!!ぽこぽこ人の悪口ばっか言うんじゃありません!ロクな人間になりません!」


意味のわからないことを叫びながら、高杉が上履きを言いたい放題言う三名に投げつける。お前はすでにロクな人間じゃないけどな、と素直にツッコミを入れようとした桂の顔面に激突した。
坂本と土方はひらりとかわして無傷だ。
高杉は柄悪く舌打ちをし、残りの輩をどう始末しようか思案する顔つきになった。

そして、何を思ったか瞬時にしゃがんだ。

((………?))

どんな卑劣な手段が来るかと身構えていた二人の脳裏に疑問符が飛んだのとほぼ同時。

「ぼふぇえっ!」
「え、何、何ブッ…!」

教室に白い粉が舞った。それまで我関せずだった生徒達が一斉に窓に走る。
公害と言えば公害とも認定できる行為に誰も文句を言わないのは言っても無駄だからに他ならない。何しろ、3Z人の話を聞かない選手権優勝候補の二人が犯人なのだから。

「おやおやァ、土方さん、男前が上がったじゃねぇですか」
にやにや意地の悪い笑みを沖田が浮かべている。
彼にとっては土方の不幸こそ至上の幸福である。今日はなんだかいいことがありそうだと思った。

そんな沖田の横には、先ほどまで血で血を洗う戦いをしかけていた神楽がちゃっかり黒板消しで汚れた手を叩いている。
「ふん、私達の世紀の死闘を邪魔するなんて一億年早いネ」
「ってゆうか、チャイナァ、お前絶対一億とかわかってねぇだろ」
「失礼な!わかってるネ!!……一円玉が一億個で一億ヨ!」
相変わらず意味がわからない。
とりあえず一番近くにいた山崎がものすごい勢いで目を逸らした。このまま聞いていたら、いつかツッコミを入れて、自分も倒れている三名の二の舞になることは明白。頼みの新八は窓際の席でイヤホンをつけているから、この騒ぎすら気づいていない。
なお、高杉が馬鹿かテメエらと解説してくれるかと思いきや、遠い目で中空を睨んでいる。
手が何度か不規則に折り曲げられた。―――数えて諦めたらしい。

「まぁ、倒れてる人たちは置いといて。勝負を再会しやしょうや」
「せいぜい遊んでやるヨ!」
「あ、何喧嘩?よーし、俺も混ぜろブッ!」


「おーい、てめぇら教室でデンジャラスな発言しない」


容赦なく高杉の頭に出席簿を振り下ろした3-Z担任である坂田銀八が言った。

「あれ、先生来てたんですかィ」
「沖田ァ……担任の授業時間割を覚えていない挙句、今何時だと思ってんだバカヤロー10分前に授業は始まってますって時のその暴言、宣戦布告かオイ」
「先生台詞が長いです」
「ってゆうか、ジャンプもってそういうこと言われても」
「まず自分のダメな生活クリーンするべきネ」
沖田だけでなく、他の生徒達からも一言一言突き刺さる言葉が送られる。

「……あー、…んと、あれだ、お前らの指導の新しい方法を思案しててだな」
「先生、目を泳がせないで言ってください」
「……ヅラァ、お前そういうちっせーことばかり気にしてるから、ハゲんだよ。今から気をつけてみ?普通のショートカットくらいには伸びるだろうよ」
「………」
「待て待て待て!!もじゃもじゃでも、馬鹿でも、一応教師に暴力はいかんぜよ!」
「坂本、お前も暴言鍛えるくらいなら、あれなんとかしろ。ってゆうか、いつのまに席替えとかしたの?」

そう言いながら、さっさとその辺の椅子を引き寄せる銀八。
椅子が空いている、すなわち誰かがいないという事実なわけだが、とりあえず気にする人間は3Zにはいない。大体今だってれっきとした授業時間なのだ。
月曜一限(もしくは土曜一限)は必ず自習の3Z。


「もうなんでもいいから、高杉がひどい目に合って欲しい」
そうわりと怖い内容を真剣に論じたのは桂である。
無論、箒まで取り出して乱闘を始めた核弾頭三人組からは充分に距離を取っている。桂、銀八、土方、坂本がなんとなく輪になっていた。

「ほんに……ってゆうか、晋助が心底ひどい目に合ったことってあったがや?」
「少なくとも俺が覚えている範囲ではないな。小学校からロクでもない人間だったな。六年生を巻き込んで、周囲の通学班に片端から襲撃とかかけてたし。先生どうにかしてください」
「ワシが覚えている範囲でもないぜよ。幼稚園からもう駄目な馬鹿じゃった……。ちっこかったくせに、机をばピラミッドにして崩したりして、教室壊滅させたし。先生以下略」
「はーい、無理です無理です。大体、お前らみたいなどうしようもない毒が制そうとしても無理なのを、真面目な教師銀八が出来るわけねえだろ。俺の愛読書はごくせんだぞ?」
「ちょっとは実践してから言えや!」

そう叫んだ土方は少し話の寒さに震えた。
もともと、高杉は憎いレベルだが、坂本も桂も決して好きなわけではない。
自分なら絶対に耐えられない高杉の幼馴染という関係を耐えたのは評価に値するが、それだって所詮は同属だからだ、というのが彼の持論だ。

「大体よー、席替えするんなら、危険人物だけ先にバラしとくのが常識だろーが」
「教育者としてそれは言っちゃいけねえだろォ!?」
「いやいや多串君。ぶっちゃけ、さすがの晋助でもあの二人に挟まれれば困るかなーとか図っちゃったりしたんじゃ!失敗しちゃった、どうしよ!ハッハッハッ」
「俺達は奴の傍若無人具合をなめていたな。ハッハッハッ」
「てめぇらも無責任なんだよ!責任とって、あれなんとかしやがれェェ!!!」
「いや、沖田に関しては俺には被害が及ばないからいいかなとか」
「桂ァ!!被害に遭うの俺って計算ずく!?お前らほんとむかつく!」
「おめーら珍しく頭使ってんじゃん。人間、勉強なんてどうでもいいんだよ。学ぶべきは社会で力強く生き抜く能力!それには、土方みたいな馬鹿をうまくつか」
「黙れって言ってんだろ!!ダメ教師!」
「言ってませーん。聞いた覚えありませーん」
「もうこうなったら楽しむしかないぜよ!頑張れ、晋助ェ――!!」
「負けるなリーダー!あと、沖田ー!高杉の次は土方やっちゃってー!」
「どさくさに紛れて騒ぎを大きくするなァァアア!!!」

こういうところが嫌いなんだ。騒ぐだけ騒いで、めんどくさくなったら、結局は迷惑行為に及ぶ。
高杉も坂本も桂も同じ穴の狢。前世かなんかが関与しているのかもしれないが、とりあえず嫌いすぎる。大体、奴らの迷惑っぷりが全部自分に跳ね返ってくるのが嫌だ。なにこれ運命?


「高杉ィ、あんた結構骨あるじゃねぇですかァ!!」
「ハン、誰に向かって口ききやがる!俺の今年の目標は世界征服だぞ!」
「甘いネ!私も同じ事を願った以上、お前の願いは絶対にかなわないアル!!」
「んだと!このクソガキィ!!」
「ガキっていうほうがガキネ!!」
「隙あり!!」


「なーんか、あいつら馬合う気しねぇ?」
ジャンプから目を離さず銀八が言い、
「あ、今ワシも同じ事考えてた」
いつのまにかオセロ版を出した坂本が言い、
「奇遇だな、俺もだ。まあ、起こってしまったことを後悔しても仕方がなかろう」
隅を取ろうと躍起になりながら、桂が無責任に言い放った。



「その傍観者然とした態度は何だァアアア―――――!!!」



ああ、こいつらこそがいやあの馬鹿三名も含めて酷い目に合うべきだ。
でもなんか今日から俺が酷い目に会う気がする。




前回、沖田神楽の真ん中だったのは桂で前は坂本でした。


嫌な予感は概ね良くあたる、外れたらなんかついてるかもしんない