【16歳と言えば】 「えーと、跡部がブラック、宍戸がポカリ、岳人がコーラやったな」 周りに集まったメンバーは忍足が机に缶を置くのと同時に、先を争うように目当ての缶に手を伸ばす。 自分のウーロン茶を含め、4つの缶を1階から運んだ忍足は無造作に横の空き椅子を引き寄せ不満げに文句を言った。 「お前ら、礼の一つもなしかい。滝とかジローやと、必ず礼は言うんよ」 もちろんそれに呼応し、詫びを入れてくれる者などいない。 忍足の言葉を無視し、既に食事体勢に入っている跡部と宍戸は無言を貫く。只一人、本日一番権力がある者は不満をたれる相方に言葉を返した。 「俺、今日誕生日。残りの二人と賭けして負けた侑士が悪い」 大体、今日の優遇権だけで済ます俺は偉いぜと向日は呟いた後、自身も食事に手を伸ばした。 高校になって、とりあえず少しは変化があった。 向日と宍戸曰く、努力してないくせに成績がいい跡部と忍足は特選コースに抜擢された。高校一年では理系文系に分かれていない為、残りは通常どおりにクラス編成がなされる。 高校二年からは理数科、英語科、普通科、特選と4つにグループが分けられる。今の所テニス部では、向日が英語科志望、忍足が医学部を狙う事、ジローが理数科にしようとしている以外明確な進路は予想されていない。 ある意味では、可能性が狭くないクラス分けは今年で最後と言えた。 ちなみにテニス部の腐れ縁メンバーは、これまたすごい事に一クラス2人ずつと振り分けられている。 それは教師が、監視役を置かないと手に負えないと判断したのか単に運が強かったのかは定かでない。 特選に忍足と跡部。その横の教室に位置する1-Eには向日と宍戸。端に分かれた形で1-Aに滝とジローという内訳になっている。ジローと滝の所はいい。高校になっても絶対的に保護監督が必要なジローと、人の世話を焼くのがわりと好きな滝はうまくクラスに溶け込んでいた。 現在彼等が集合したのは、1-E、何の因果か前後という席に配置された宍戸と向日の席である。 楽しい事はとことん楽しく、被害は受ける方が防げないのが悪いというある意味鉄壁の哲学を誇る彼らはクラスの台風の目のような扱いだった。そして昼食時には、どうせなら堅苦しいクラスより見飽きた顔といたほうがマシと言いながら忍足と跡部がやってくる。 「俺もついに16歳かー」 「はっ、毎年毎年言う事が同じでよく飽きないな」 猛スピードで弁当の半分ほどを掻き込み、会話をする余裕が出来た向日が呟けば馬鹿にした様子を隠すことなく跡部が口を開いた。 「いいんだよ、誕生日ってのは特別だろ。つーか、毎年跡部は俺のほうが先に年上になるのが我慢なんないだけじゃん。お前こそ、少しはボキャブラリー増やせっての!」 「アァ?」 「立つな、跡部。メシが食えねえ」 単純に挑発に乗り、立ち上がりかけた跡部を未だに食事中であった宍戸が冷静に抑えた。 「ま、テニス部では頭が幼稚な方から、年とってくだろ。仕方ねーだろが」 「宍戸!お前どっちの味方だよ」 今度は夢の中で生きているようなジローの次点に置かれてしまった向日が猛然と文句を言った。精神年齢的には、妥当な順位といえるのだが、彼がそれを認めるわけはない。 「―――でもあれやな、その理論で行くと宍戸はがっくん達の次に幼いと」 「なっ!」 只静かに食事をしたかっただけの宍戸は、自分にもその論理が適応されるとは露にも思わなかった。 全くもって単純な事である。横から先ほど往なされてしまった跡部が口を挟む。 「ハッ、テメーの方こそ妥当だな。俺に言わせれば、俺様がこの中で一番大人かつ常識をわきまえているから少し後半のメガネが気に食わないがな」 「―――」 「―――」 思ってもみなかった反撃を受け、さすがの3人ですら固まってしまった。 彼等が反応できなかったのも無理はない。周りで、一種華やかながら低俗な会話を繰り広げられていたのを小耳に挟んでしまった哀れなクラスメイトも黙ってしまった。クラス内における教訓として、何気ない会話は誰が聞いているかわからないということが上げられる事が証明された瞬間だったと言えよう。気味の悪い単語の衝撃は静かにクラスを駆け回った。 氷帝高等部において、跡部につっこみを入れる事が出来る稀有な人材の中に名を連ねる3人はそれぞれの顔を付き合わせる。目線だけで、誰が反論するかを譲り合っているのだ。 しかし、それは以外にあっさりと決まった。 彼にしてみれば、誕生日の今日、こんなにもけなされる事などおもしろいはずはない。 「跡部、自分の事を知らないって――見てて、痛いぜ?…………って!」 「向日のくせにうるせーんだよ!」 これ以上ないくらいの冷静な意見だったが、跡部の手が出た事により中断された。 経験上、拳に発展するまでまだ猶予があると油断していた向日は避けられない。拳を上から頭上に振り下ろすという簡単な攻撃だったが、跡部の正面に陣取っていた向日には効果覿面だったようだ。 「なんや。跡部の奴、結局は誕生日が悔しいんやな。跡部が短気だと周りが迷惑なんやけどなー」 「忍足。バカだろ、お前。―――跡部がこっちの事情汲み取ってくれた事なんてあったか?」 「あぁ、なかったな」 クラスメイト達は、お前らもレベル的にはあまり変わらないと思い、善良なテニス部の後輩ならばそれを意見できるだろうにとぼんやりと思っていたことを二人は知らない。知らないとは、幸せなことだ。 無論、傍から散々に言われている対象と、その喧嘩相手はそんなものを聞いてはいない。 「っ痛ってえな!……くそくそ、跡部!少しは、年上敬えってんだ!」 「ハッ、笑わせてくれるぜ。年上ってのは単に年齢の事を言うんじゃねーんだよ、それに見合った精神年齢がないとな。ついに連日の課題地獄で頭がおかしくなったのか?」 「一番それがわかってないお前に言われたって委託も痒くもねー。―――あ、宍戸。それくれ」 「ハイハイ」 喧嘩をしながらも傍観を決め込み、さっさとミントガムを噛み始めた宍戸からガムを徴収している所はさすがである。本日、誕生日特別優遇権を獲得している向日は朝、ジローからポッキー1箱。滝からは、(高校は全寮制ゆえ)夜中のお手製料理差し入れの約束。忍足からは、本日のパシリ権。宍戸からは、何気なくいろいろなものをせしめている。 ちなみに跡部からは、毎度の如く(痛烈な嫌味を篭めて)やたら高そうなペアチケットがプレゼントされている。もちろん、誘う相手もいない向日であるが、捨てるなどと言う真似はしない。最近は頼りになる相方にネットで高額で裁かせている。 「そもそもなぁ、貴様が先に年取った所で利点があるのかよ」 「「ない」」 向日が言い返すより前に、興味なさげに会話を聞いていた傍観者二人が言った。 走馬灯のように去年、その前の向日の誕生日の惨状が脳裏に甦る。彼等は、善良な後輩達に多大なる迷惑をかけていることにも気がついていない。自分たちが、一番苦労していると信じているのだ。 跡部が戦いの優位を悟り、嫌味な笑顔を向けた時に向日はその言葉を言った。 「バカだな、聞いて驚け!―――16歳ってのは、結婚が出来る年なんだぞ!」 静かな、静かな静寂が教室に舞い降りた。 向日の右横で忍足が、左隣では宍戸が、容赦なく痛み出した頭を抱えて悶絶してしまった。 どこからともなく視線は、只一人宣戦離脱しなかった跡部に集まる。もちろん、そんな切迫した(腹筋が死にそうな)第三者の心中を汲み取る跡部など存在しないのだが。 「向日」 「んだよ、謝る気になったら帰りの荷物持ちで勘弁してやるぜ?」 「バーカ、何でこの高貴な俺様がそんなことしなきゃなんねえんだ。それよりだ。……一つ忠告してやる」 (行け、跡部!!) バラバラになりやすい現代の若者が、心を一つにした瞬間だった。 「結婚ってのは、相手がいないと出来ねえぜ?彼女いない歴更新中の向日よぉ?」 がこりとした音は、おそらく忍足辺りが椅子から落ちそうになった音だと推測される。 ぼんやりと宍戸は思った。 (―――跡部が期待された場面でツッコミ外さなかった事、なかったんだっけ………) ついに誰も動けなくなった教室で、意味のわかっていない二人が言い争いを始める。 「俺はお前みたいに、手当たり次第じゃねーの!そのうち、彼女くらいすぐ出来るっつの!」 「そのうちを言い出して何年たったか見物だな」 「お前こそいずれ女に刺されるぜ。その時、この誠実な向日様を思って泣いても遅いぜ、跡部?」 「俺はそれ以上に魅力的だからいいんだよ。これだから下賎の者は駄目だな」 「下賎とか、お前現代の平等社会に乗り遅れてるんじゃねーよ!」 「うるせえ。ま、仮にお前が何かの間違いで結婚できたとしてもだ。お前如きの脳みそじゃ金が稼げなくてすざんだ生活になるのが目に見えるぜ」 「そん時は跡部ん家の庭にテント張る」 「他所でやりやがれ」 完全に方向を間違えている。 いつのまにか立ち上がり、軽く手を出しながら言い合いを続ける二人を見上げる形だった忍足と宍戸は唸り始めてしまっていた。 (忍足。早く、あいつらなんとかしろ) (宍戸がなんとかすればええやん。一言言うだけやで) (冗談じゃねえよ、俺は無駄に今日の部活で体力使いたくないからな) (俺もや) (気があうな、でもなんとかしないとテニス部の恥だ) (………しゃーないな。裏切りなしやで) (おう) 意を決し、立ち上がった二人は勇者のように見えたという。 宍戸が扉までの位置を確認しながら口を開いた。 「向日、跡部。―――確かに、16は結婚できる年齢だ。………女が」 「男子は18からやで。俺のダブルスパートナーと、元部長は男だったと思うんやけど?」 言いたい事を全て言い、脱兎の如く駆けて行った二人以外に教室で動く者はいなかった。 その後、最初に笑い出してしまった者が誰で、笑いすぎで気分が悪くなった者が何人いるかは絶対にわからないに違いなかった。 教室に居合わせた者の証言によれば、跡部と向日の耳は真っ赤だったと言う事である。 Fin アトガキ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― がっくん、お誕生日おめでとー!氷帝秋の誕生日陣でした。 滝さんは、そんなバカな会話は避けるはずなので欠場です。 がっくんは素でどうしようもない勘違いをしているタイプ。 跡部は憲法を暗記するのは出来ても、それが何に適応されるかがわかってないタイプです。 |