六章 迷走 七、 夕闇の底に閉じ込められたようだった。大好きな夕焼けの中にいるはずなのに、押し潰されるほどの切なさを抱え、彼は立ち尽くしている。 「少しここで待っていろ。すぐに戻る」 嘘だ。不幸にも、彼はそれを見抜いてしまったのだ。 山に狩猟に来るのは日常的なことだ。前王が崩御し、安定しない時代の黎に生きる者は口分田からの収益など当てにはならず、狩でもしないと生きていけない。 朝、父から狩に行くぞと言われた時嬉しかった。いつもは兄しか連れて行ったことのない父が、少しだけ表情を緩めて問い掛けてきたのだ。その時感じた微かな違和感など、喜びの前には問題にならなかった。一日走り回り、気がついたときには見たこともない場所にいた。 「どうして?………夕焼けが出たら帰らないといけないんでしょ?」 家で待っているはずの兄が教えてくれた言葉だった。 彼は子供特有の大きな目で気まずげな表情の父を見上げる。―――淡い、批難。 「いいから」 父の言葉は子供を山に残すにはあまりに平坦だった。 聞いた事もなかった、自分を拒絶する押し殺した声に、少年は答えに気がつく。 ………知っていた。 村の友達が少しずついなくなってしまう日々の中で。夜毎、赤子の断末魔のような泣き声が響く度に。口減らしの、刃が舞う夜を兄にすがり付いて過ごしてきた彼は知っていた。 「………お前を、斬るなんて俺には出来ない」 呟き、軽く少年の頭を撫でた父の去り行く背中に彼は叫ぶ。 「―――どうして、僕を捨てるの!」 答えはない。 追いかけようとしても、足がどうしても動かない。 「僕が邪魔だから?兄さんしかいらないから?」 家を出る時、母さんの水汲みを手伝いながら笑った兄さんの目を思い出す。 優しい兄さんが好きだった。でも、兄さんに全部をあげる気にはなれなかった。―――兄さん。 「どうして僕を捨てて、兄さんを残すんだ!?」 ―――兄さん。 知っていたの? 兄さん。 僕を嫌っていたの? …………… …… … ◇ ◆ ◇ 三日後、まるで計ったかのように妖魔の襲撃があった。 その時は群れでなく人妖だったのも幸いであったのか、傷を負った者は出ても死者は出なかった。 そしてその日は、昇山中盤の難所と言われる川越の前日だったのである。 ―――鵬がいる。 鵬とは昇山者の中にいる、将来新王となるべき人物―――昇山さえ成し遂げれば王になる者をさす。 鵬がいる昇山は通常のそれより遥かに危険度が低くなる。ただし、先ほどのサクラの言の通り、すべての危険がなくなるわけではない。 例えば妖魔の襲撃のめぐりが良くなる、など天の采配はあれ、自分で乗り越えなければならないのだ。 そして恐ろしいのは行軍から鵬が抜けた時である。 誰が鵬か麒麟以外には分からず、平等に命をかける以上、本人も知らぬ間に鵬が没してしまう事もないわけではない。その時、鵬の恩恵によりある程度守られていた行軍に反動とも言うべき危険が襲い掛かるのだ。 この場合、通常の昇山とは比べ物にならないほど死者が出たり、大物の妖魔に遭遇してしまったりする。また、鵬が死ぬとまで行かずとも、行軍から離れた地点でもこのような事が起こりうるのだ。 間違いなくこの中に新王がいる。最初は希望をもつことを恐れた者達も、次第にそれを信じ始めた。出来すぎともいえるほど、行軍が安定し始めたからだ。 王が登極する―――その喜びがひとしきり去った後、鵬の守護が叫ばれる。 昇山者達は誰が鵬なのか、考え始め、それぞれが決断を下す。 その中であらかたの視線が交錯する先に立つのはうずまきナルトだった。 サスケとヒナタの気合も日に日に勝り、登極を見届けに来たサクラも積極的に指示を出すようになり、ナルトがその強烈な存在感で人を惹きつけ始めた頃。 いつか、俺達みたいな子供がいない国に アイツだけは死なせない 納得がいくように、私も行くから 彼を守る……彼に許してもらいたい 彼女が嫌いだ、殺してやりたいとまで思う。でも傷つけたくない それぞれの約束と思慕が交錯する中、昇山も終盤に突入した時、事件が起こった。 |