残 
六章 

六、


「うらぁ!」
上空からは気合の篭められたサスケの声が響く。まるでそれに呼応するように、羽や足を切られ動きの鈍くなった妖魔が落ちてくる。それを受けた地上のナルトとヒナタがそれを切り裂いた時には、次の閃光が光っている。
片手で吉量を扱いながら、遠心力で槍を振るっているのにもかかわらず、狙いは正確を極めた。
曖昧な調整を絶妙に身体を捻る事で補い、吉量を使い高度を変えつつ妖魔を翻弄しているのだ。

どしゃ、と嫌な音を立ててナルトの剣が蠱雕の首の骨で止まる。
肉厚な上、脂の多い身体に刃をめり込ませており、ぐずぐずしていれば他の奴の餌食なのだが、ナルトは剛力を持って首を一気に刎ねる。血しぶきを天に上げる首を蹴り飛ばし、左から迫っていた蠱雕にぶつける。バランスを崩した獲物は滑らかな仕草で構えたヒナタが斬った。
他の状況を見ている間もないのだが、他の昇山者達も善戦しているようである。

ナルトの手から、まるで生き物のように銀線が走る。見えるか見えないかの糸でしかないそれは、二匹の足首を切り落とす。ナルトが引かなかった糸に絡んでいた蠱雕の動きが一瞬遅れたのをヒナタもサスケも見逃さなかった。
ヒナタが特注した千本が一寸の狂いもなく目を潰し、狂った軌道の先にはサスケが水平に剣を構えていた。槍と剣のニ刀を戦闘中に使いこなせるのはサスケだけだ。ひらりと落ちてきた首をかわしたヒナタが叫ぶ。

「ナルト君……右!大きな一匹の後ろに、小さいのが隠れてる!」

最初のを殺したままだと、後ろのに貫かれるというなかなか小憎たらしい話だ。
聞いた瞬間、ナルトは自分から二匹の懐に飛び込む。そのナルトの肩に手を当て、宙返りをする形でヒナタが背後に回った。
危なげなく二匹を倒し、ナルトがサスケが追い落とした一匹に狙いを定め、ヒナタが屍骸を踏み台にして空に舞う一匹の首に一撃を加えたその時だった。


ナルトの視界に、それが映ってしまった。
本来ならば彼女は背後から追い込まれようとも、それを見ている。

―――まさしく、直感。


「ヒナタッ!後ろだ!!」


彼の声は悲鳴だった。………あれが、見えていない!
屍骸という一部高い場所にいる彼女の丁度真後ろ。屍骸ごと貫こうと一匹が急降下していた。
ナルトの位置からはどうやっても入れない。かといって、サスケは気がついていない。

「よけろ!」

無駄だ、と冷徹に昔の自分の声が言うのを聞きながら、ナルトはひたすら叫ぶ。
反射的に振り返り硬直したヒナタが見えた。瞬きの間に、様々な表情が彼女を通り過ぎる。



「ヒナタァァァ!!!」



無茶を承知で剣を投げようとした時、信じられない光景が広がった。―――突如、地中から現れた獣の手が蠱雕を切り裂いたのだ。
ナルトが見返したときには既になかったが確かに土中から彼女を守るおそらくは妖魔の手が現れた。
ヒナタ自身は油断と見て降りてきた一匹を追撃している。おそらくは、本能的に動いているのであって、あの手は見ていないだろう。

(あれは、……何だ?)

だが、自分は妖魔の手の意味を知っているような気がした。
あまりに突拍子もなく、あまりに常識に過ぎる―――そんな答えのような、直感があった。
不思議と哀しい気持ちに襲われる、静謐がナルトにだけ舞い降りた。


「何、ボケボケしてんだ、ドベ!!詰めだぞ!アホ!!」
ふと、意識を戦場から飛ばしかけたナルトにサスケの容赦ない怒声が降りかかった。
「うるせーってばよ!」
背を追われるように、ナルトは血潮の中に再び潜る。

―――このとき、無意識に一つの認めたくない答えから彼は逃避していたのは誰も知らない。


◇ ◆ ◇


懸命の応戦の結果、昼前には動く蠱雕はなくなり、出立の用意が整った。
ここにおいて、旅の行程から六人の人間が消えた。三人は朝餉の用意をしていた下僕で即死した者、一人はサクラの手当てにもかかわらず助からず、残りの二人は戦闘で散った。
おそらく長居をしていれば、血の臭いを嗅ぎつけた妖魔がやってくる。それまでに草原を越えなくてはならなかった。

妖魔に見つからないであろう場所に埋めるだけの簡素な弔い。
静かに伏せられた全員の目が、毒々しい赤に染まりつつある炎天に向かい、何かを祈っていた。
彼らは取り残される事を望まないだろう。だが、状況によっては誰がそうなってもおかしくはなかった。
詫びの言葉も、慰めの言葉もなく、彼らの死を悼む心だけが血の滴る剣に流れる。

……これが、昇山なのだった。
……これすらも、鵬の恩恵なのであった。



六人の命を代償に、草原は酷くあっさりと越えられた。
だが、その日の天幕を張るまで口を開く者は誰もおらず、そして誰もが背後から肉を咀嚼する音が聞こえてくるようで耳を塞いでいたいと切に願っていた。